「環」軍師ハイネ

 エオル・ローハンは大陸の南東に位置する大きな村に生を受けた。彼の両親は共にハンターであり、ジャンボ村の興隆期に村に拠点を置き、そして定住した後にエオルを生んだ。エオルの幼年期は幸福に満ちていた、村長はエオルを可愛がり、村人も彼に親切だった。親の愛を一身に受けたエオルは健やかな少年に成長した。その後、エオルは両親と共にジャンボ村近郊の熱帯樹林地域、テロス密林へと度々足を伸ばした。
 そこでエオル少年に人生の転機が訪れる。ある日両親と共にピクニック気分で赴いた密林で、ローハン一家は植物と同じ色の甲殻を持つ巨大な飛竜、リオレイアに遭遇した。父親が用心を怠った訳ではない、母親が油断していた訳でもない。エオルの両親は歴戦のハンターである。しかし、歴戦のハンターの虚を突いた雌火竜は、エオルの父親に致命的な重傷を負わせた。エオルの父は自らの妻にエオルを預けると愛用のゴーレムブレイドを構えてリオレイアに真っ向から立ち向かい、エオルの目の前で肉塊に姿を変えた。父親の命を奪い去った雌火竜の攻撃は、辺り一面に毒飛沫を撒き散らし、それはエオルを庇いながら逃げる母親にも襲い掛かった。リオレイアの毒を一身に受けながらも、母親はひたすら走って何とかジャンボ村まで帰りつく。母親の命を懸けた逃走で、奇跡的に無事だったエオルだが、彼の母はそうはいかなかった。
 ベッドに移された母親は、猛毒に蝕まれた体に残る最後の力を振り絞ってエオルに言った。
「恨まないで……」
 エオルはこうして独りになった。しかし、独りになったからと言ってすぐに彼が命の危機に晒された訳ではない。ジャンボ村は未開の地ではなく彼の両親含め多くのハンターと村長の尽力があり、辺境でも並ぶ所のない大きな村に成長していた。無論彼の両親は村の中でも名が知れており、その功績も小さくは無かったので、エオルは村人の庇護を受けながら生きる事が出来た。しかし、少年の心に刻まれた傷は深く大きかった。快活だったエオルは、心の内に大きな憎しみと怒りを秘めたまま成長を続けた。
 そんなエオルを支えていたのは、若いながらも機知と活力に溢れ、全くの平地に大きな村を築き上げた竜人族の青年だった。ジャンボ村の村長である彼は、孤児となったエオルに目を掛け、持ちうる全ての知識と技術を授けた。少年だったエオルが屈折しながらも完全に堕落しなかったのは、ひとえにこの竜人族の村長に寄る所が大きい。
 青年に成長したエオルは狡猾だった。自らの屈折した心を人々に晒す事はなく、あくまでも村衆の前では明朗で聡明な好青年を演じていた。その演技は彼の新しい生活において大いに役に立つこととなる。十七歳となったエオルは両親と同じ、ハンターの道を歩み始める。懇意にしていた鍛冶屋の親方は、エオルの十七歳の誕生日にハンター用の防具を贈った。それを受け取ったエオルは、父親の形見であるゴーレムブレイドを担ぎその足でテロス密林へ赴くと、村衆を脅かしていた巨大な牙獣ドスファンゴを討ち取って村に戻る。村人はエオルを最高の賛辞で以って迎え、エオルもその賞賛を遠慮する事無く受け取った。
 その後、エオルはブルファンゴの群れ、ランポスの群れを掃討しながらハンターとしての研鑽を積み、着実に力をつけていった。彼がテロス密林に幅を利かせるランポスの長、ドスランポスを討ち取ったのは、彼の誕生日……つまり、エオルがハンターとしての歩みを始めてからおよそ一ヵ月後の事であった。エオルの才能は村人を驚かせ、前途有望なこの青年を増長させる。彼は両親を殺したモンスターを憎み、自らの手によって討たれるモンスターを軽視するようになった。しかし、村衆はそのエオルの暗黒面には気付かず、唯一気付いていた村長もそれが《誰にでもある青年期特有の感情》であると信じ、積極的に矯正しようとはしなかった。
 しかし、村長は変わらずエオルを指導し続けたため、ここでエオルの胸の内には葛藤が生じる。それは人間誰しもが体験する善と悪のせめぎ合いであった。ハンターとしての道に逸れ始めている自らの心にエオル自身も気付いていた、その上で彼は両親の命を奪い、自分を孤独の淵へと追いやったモンスターの存在を許せなかった。狩ったモンスターの死骸を得物で切り刻む姿は、村衆の誰も見た事はない。その怒りを、憎しみを和らげる存在……エオルにとってのそれは、親代わりであり師でもある村長だった。
 そして……エオルの運命を左右する事件が起こる。ジャンボ村の十分な繁栄を見た村長は、まだ未開発の土地を目指して旅に出ると言うのである。村長との別れが、エオルの堕落を決定的なものにする。彼は益々心の暗黒面を増幅させ、その行動は半ば病的な段階にまで達していた。クエストの目標になっていない小型のモンスターを乱獲する事は言うに及ばず、モスやアプトノス、ケルビと言った元来人間に危害を加える事はほとんどない部類のモンスターについても、命を奪っては死骸をその場に捨て置くと言う凶行に走る。更に繁殖期ともなると、ランポスや飛竜、草食種など問わず、巣に隠されている卵を発見すれば叩き割ると言う非道さだった。
 だが、村衆はその事を知らない、村人はエオルの事を村を守ってくれる優秀なハンターだと信じていた。そして、彼の凶行が幼い頃の心の傷に根ざしている事も……。



「く~っ……暑ぃなぁ」
 額に浮かんだ汗を手の甲で拭いながら不満を言ってみる、誰が聞いてる訳でもなく、もし誰かが聞いていたとしてもどうしようもない事だが、言うのはタダである。季節は温暖期、ただでさえ熱帯性の気候であるジャンボ村一帯はこの季節暑さのピークを迎える。そして、自分はこの村で生まれ育った男だがこの暑さにはいつまで経っても馴れる事は出来なかった。
 今自分が立っているのは、ジャンボ村の少し北に位置する熱帯樹林地帯テロス密林である。もっともこの名称は大陸にいくつか存在する国家が決めた名称のひとつである為、地方の村によっては呼び方に差異があるし、ジャンボ村の村人からは単に密林と呼ばれていた。その密林地帯を覆う肥沃な腐葉土の表面を、片膝を突いて姿勢を低くし注意深く観察する。大きな足跡が見えた。それは今回の狩りが空振りではないと言う事を意味していた。その足跡はまだ新しい、そしてこの密林に生息する小型の肉食竜ランポスの足跡にしては大き過ぎるし、ごくたまにこの密林に営巣する雌火竜リオレイアのものにしては小さかった。考えられるモンスターは二種、鳥竜種のイャンクックとゲリョスである。そして、この足跡は、形状からその二種の一方のものと断定出来る、これはイャンクックのものである。
 一般には飛竜と呼ばれているが、王国の学者はイャンクックをランポス達と同じ鳥竜種に分類している。確かに、強さとしては飛竜とは比べるまでもないらしいが、自分はイャンクックと戦うのは初めてで、飛竜とも戦った事がないためその強さがどのようなものか比べる由もない。物音を立てない様に立ち上がると、木の枝を掻き分けながら密林の奥へと更に踏み込む。
 少し歩くとやや開けた場所に出た。崖と崖に挟まれ、外界から隔絶された場所である。右手に見える段差上の岩場には大きな穴が開いており、風が吹き抜けているのが感じられるためどこかに繋がっていると思われる。とは言え、そこにとりあえず用はない、腐葉土を踏みしめて奥へ進む。シダ植物のアーチを潜った先には小さな池が上品に居座っていた。どこからか水が流れ込んでくるのか、或いはここが湧き水の源泉なのか、池を満たす水は乙女の瞳のように澄んでおり、その中に息づく魚の姿もしっかりと確認する事ができた。
「なんだ?」
 背後から不意に聞こえた物音に振り返ると、目の前には愚かにも自らのテリトリーを侵した不届き者を打ち払おうと、鼻息荒く地面を掻くブルファンゴの姿があった。テロス密林原生のモンスターの中では比較的小さい部類に入るのだが、その突進力は中々侮れない、無防備な時に食らえば骨折では済まない場合もある。そして次の瞬間、怒り狂ったブルファンゴが突進してきた。咄嗟に背中に手を回すと、巨大で重量のある大剣ゴーレムブレイドを素早く正面に持ってきて地面に突き刺し、その腹を盾にするべく身構えた。
 大剣の表面とブルファンゴの牙がぶつかり合い、乾いた音を辺りに響かせる。全身に力を込めて身構えたのだ。それほど距離が離れていなかったので、普段だったらこの程度の突進に押し負ける事はなかっただろう。しかし、今回は場所が悪かった、自分が立っていたのは池のすぐ傍であり、その地面は水を吸って柔らかくなっていた。力強く踏み込んだ事が災いし、グリーヴの底が腐葉土の表面を思い切り滑る。体勢を崩してブルファンゴに押し切られる形で池の中に落ちたが、幸い池は人間の背丈程深くはなかったので、鎧の重みで水中に沈んで無残な水死体になる事は避けられた。
「こんの豚野郎……」
 体勢を立て直しながら目の前のブルファンゴに向けて敵意を放つ。水を吸って重たくなったハンターメイルに辟易しながら池から這い上がると、かろうじて水没を免れたゴーレムブレイドを拾い上げる。武器の方は無事だったが、水没したハンターシリーズの防具は細かいメンテナンスが必要だなと心の中でため息をつき、生意気にも人間様を辱めた猪まがいの化け物に向けてゴーレムブレイドを振り下ろす。ブルファンゴはまだ戦意を失わない侵入者に対して、再度の突進を見舞おうとしていたが、彼の足が再び地面を蹴る事はなかった。
 振り下ろされた大剣は正確にブルファンゴの頭部を捉え、頭蓋とその中に大事にしまいこまれている《体の大事な部分》を一刀の下に粉砕し、強靭な牙獣の命の火を吹き消した。池に落ちた際に口の中に入ってしまった水を吐き出して、ブルファンゴの死体に足をかける。そして、生意気にも自分に勝負を挑んできた野蛮な生き物を自分と同じ目に遭わせてやった。
「思い知ったか豚め……あぁ、クソ……豚の血が付いた」
 鎧に付着してしまった愚昧なブルファンゴの血を洗おうと、池の近くに屈んだ。その時、頭上から強風が降りて来る。咄嗟に上空を見上げると、大きな影が自らの上にやってきているのが見えた。願ってもない幸運、単体では主目的にもならない小物に泥をつけられて気が立っているのだ。さっさと討ち取って家に帰りたかった所である。探す手間が省けたと言うものだ。


 ドンドルマ。大陸の中央部に位置する巨大な街である。街と言っても普段人々が連想する街とは若干趣を異にする。この街に住む人間の多くは、人間の絶対的な脅威であるモンスターと戦い、打ち倒し、資源として人間の生活に還元する事を生業とする人々……ハンターなのである。そして、そのハンターの生活を支える商人や鍛冶職人、情報屋やドンドルマに生活するハンターを統括するハンターズギルドの職員が住んでいる。人間の常識では計り知れない巨躯を誇る竜人族の老爺、大長老の指揮の下、ハンターの拠点としてその黎明期から発展し続けていた。
 ドンドルマの街で特筆すべきは、その先進性であろう。大陸各地の進んだ文化、文明、技術を取り入れ、王国、共和国の数年先を行く技術力を有するに至った。中でも、最新技術である気球を用いたモンスターの観測活動については特に力を入れており、気球観測部隊からの情報を元に、天災とも形容される強大な力を持った古龍の動向を予測し、極稀に街に襲来した際にはその被害を最小限にとどめる事にも一役買っている。また、その目的で設立された古龍観測所では、旧シュレイド王国に倣い、書士隊も設置されている。日々発見され、情報が更新されるモンスターについての情報を文章として記録保存も行っている。
 それらの情報は一般に秘匿されてはおらず、ハンターは望むならば若干の金銭と引き換えにその情報を入手する事ができる。それらの情報は狩りにおいて大きなアドバンテージともなりえるため、新情報が公開される度、ハンターはこぞって情報を買いに走りもする。
 街の入り口には大きな通りがあり、馬車の発着場も傍に用意されている。古龍観測所もその通りに面した場所に施設があり、常に訪れる事が可能である。正面にそびえる大きく長い階段を上ると街の広場に行く事が出来る。広場は常に賑わっており、様々な施設へと通じる道がある。ハンター御用達の道具屋、食材屋、調合屋は広場に店を出しており、一般のハンターがクエストを受注する場となる大衆酒場には広場から訪れる事ができる。更に、工房やハンターの居住区にも繋がっており、何より目を引くのが街の最上部へと繋がる大階段である。ドンドルマのハンターズギルドに認められた極僅かな優秀なハンターのみが立ち入りを許されるドンドルマの中枢、大老殿である。


「クエストは完遂の扱いになります、依頼主はあくまでもガノトトスが港の管理範囲からいなくなる事が望みでしたので。報酬については、取り決め通り全額支払うそうですよ」
「何です? 我々は《やつ》を討伐した訳ではないのですよ?」
 ミハエル・シュテーレンはドンドルマに籍を置くハンターである。今回も狩りの相棒であり、弟でもあるラルフと共に魚竜ガノトトスの討伐依頼を受注し、ドンドルマの西、沿岸沿いの港町へ赴き、波止場でガノトトスと激闘を繰り広げた後、魚竜が港の管理海域を離れたのを確認して、このドンドルマへ舞い戻っていた。ガノトトスは追い払ったが、討伐してはいない、自分としてはこのクエストは失敗だと思っていた。所が先方はクエストは成功だと言う。予想外の回答にミハエルは困惑した。
「ですから、先方はガノトトスの脅威が去ったのだから、貴方達に感謝し報酬金を支払うと言っているのですよ」
 それは願ってもない幸運だった。元来、巨大で強力な種であるワイヴァーンとの戦いは成功率が低い、成功率が低い故にその報酬も破格な訳だが、総じて実入りは良い。そして、砂漠を拠点に多くのワイヴァーンとの戦いを制してきた自分と弟にとって、ガノトトスは強敵ではあるが勝てない相手ではない。今回だってもう少し時間があれば確実に仕留められていたであろう。社交用の笑顔を作ると受付嬢に礼を言う。
「ありがとう、ではその様に取り計らってください。でも、もし同じ個体と思われるものがまた騒ぎを起こすようでしたら、そのクエストは優先的にこちらに回して貰えませんかね? 自分達の不始末は自分達で清算したいのでね」
 嘘ではない、これでも難しいと言われている飛竜戦をいくつも生き抜いてきている。お陰でそれなりの評判を得ることが出来た。この評判は狩猟生活で役に立つ、悪い噂は評判に影を落とすため余り捨て置きたくない。出来ればこのガノトトスも自分達の手で狩りたかった。何より、乗りかかった船と言う思いが大きい。
「そうですねぇ……大臣!」
 受付嬢は少し俯いて沈黙する。そして、大老殿でのクエストを仕切る竜人族の老爺、大臣の下に駆け寄ると二、三話し合っていた。そうして再び自分の目の前まで来ると、愛想の良い笑顔を浮かべて応対してくれた。
「オッケーですって。では、ご苦労様でした」
 良い返事に自然と顔が緩む。これで自らの尻拭いが出来る、いや……別に名声と評判に傷をつけたくないからと言うだけではない。飛竜……ガノトトスは正確に言えば魚竜だが、その様に大きな力を持つ生物がそう簡単に生息域を移しては、移動先の生態系のバランスを崩す事態にもなりかねない。自らの不始末でそう言う事態になっては目覚めが悪い、何より自然と人間の調和を保つ存在であるハンターの理念に背く。
 受付嬢に例を言うと、ミハエルは大老殿のカウンターを後にする。
「話は付いた?」
 ミハエルが大老殿から広場へと降りる階段に向かうと、その降り口にいた男が呆れたような笑顔を浮かべながら問いかけてくる。正直、我が弟ながらこの笑顔は苦手だった。ラルフにこの顔をされると自分の方が年下に思えてしまう錯覚に襲われる。無論、ラルフは大人である……ただ自分と違うのは温和で現実的という点だ。激情家の自分としては、性格上ややこしい話になる場面で何度もこの弟に助けられている。
「あぁ、オッケーだそうだ」
「仕事熱心だねぇ……別に嫌じゃないけど、ガノトトスくらいなら後輩に譲ってやっても罰は当たらないと思うけど?」
 確かに、砂漠を中心にガノトトスはもちろん、リオレイア、ディアブロスと言った強力な飛竜を何頭も仕留めているので、今更功名心は沸いてこない。しかし、ハンターの全てが功名心で何もかもを決めるわけではない、自分の場合たとえ報酬が良かろうとクエストを受けない場合もある。それがもし「貴方達に是非」と言われたものであってもだ。自分の場合、クエストを受ける受けないを決めるものは他でもない……プライドである。
「別に金に困ってるわけじゃなかろう? そもそも、後援がある俺達が金に困ったことはないが……俺達が狩り損じた飛竜が他の地域の生態系に悪影響を与えたとあっちゃあ、《砂漠の双角》の名が泣くと言うもんだぜ?」
 両腕を左右に広げ、首を横に振りながら言って見せると。納得したようにラルフは頷く。そして、この弟が白い歯を見せてにこやかに笑った所で、自分がからかわれていた事に気づいた。弟も初めから同じ気持ちだったのだ。ささやかな反抗のつもりで、そのまま中央広場へ下りる階段の右、大衆酒場への階段を無言で下りていくと、ラルフは一瞬動けないでいたが、すぐに自分についてきているのが足音で分かった。
 大衆酒場に下りると、時間帯が昼間だからなのか、客の入りはまばらだった。だが、それ故にカウンターにかじりつく老婆の姿が印象強く見えた。ラルフを見やると、彼は首をすくめて「分からない」と言う意を表す。向き直ってカウンターを見れば、老婆は必死の形相で、給仕でありクエストの受注を管理する給仕の女性に何かをまくし立てていた。
「何でじゃ! 何で誰もわしの息子を助けてくれんのじゃぁ!」
「ですからデルマさん、一応クエストボードには張り出されているんですってば……ただ、誰もそのクエストを受注してくれないんです。待つしかないんですよ」
 給仕の女性は困った様な表情で老婆をなだめ諭す。察するにこの老婆はギルドに何らかの依頼を出しているのだろう、それも急ぎの。だが、どう言う訳かクエストの受け手が見つからず、焦燥と憤りの吐き所に困っていると言った所だろう。女性の説得もむなしく、老婆は更に激しい調子で給仕に食って掛かる。
「金ならある! ほりゃ! これで、これで……」
 上ずった声で叫びながら老婆が巾着を開いてひっくり返す。小銭がカウンターの机の上に散らばり甲高い音を立てた。そして、それを見た給仕の表情が曇る。
「九十ゼニーですか……えぇ、分かっていますよ? ですから、報酬などの必要な情報も全て合わせてクエストボードに貼り出しているんです。ほら、『ドンドルマ西三キロ アルブ村近郊の密林 商隊の馬車がドスランポス含むランポスの群れに襲われる 報酬金九十ゼニー』……ね? ですから、待ちましょう。クエストを受けてくれる人が現れるのを、ね? デルマさん?」
 元々、あの老婆も話が分からないわけではなかろう……給仕は商隊が襲われたと言った、そして老婆は息子を助けてくれないと言った。推して量るに、デルマという老婆の息子が率いる商隊がランポスの群れに襲われ、どう言う訳か知らないがその連絡が村に行き、母親であるデルマは息子を救うためにギルドに助けを求めたと言うところか。ただ、九十ゼニーではブルファンゴの討伐にも不足だ、キノコの採取でやっとと言うところか。商隊を襲った群れにはドスランポスもいると言う、熟練のハンターにとっては大した相手ではないが、狩りには移動、補助具、武具のメンテナンス等にも金がかかる。九十ゼニーでは完全な赤字だ。それは受け手も見つからんだろう。
 ミハエルがカウンターに行こうと思ったその時、カウンターに一番近い席で下品な笑い声が上がった。件の机に目を向けると、四人組のハンターが酒杯を片手に大笑いしているのが見えた。男三人に女一人の恐らくはひとつのパーティだろう、クックシリーズを身に着けた女と、それぞれハイメタ、ゲリョス、ガレオスシリーズの男が三人。余り聞いていて気分の良いものではない笑い声を上げていた。
「おいバーさん! 九十ゼニーぽっちじゃキノコも取ってきちゃもらえねぇぜ! アンタのせがれがキノコだってんなら話は早いんだがな! ガハハハハハハッ!」
「ガキを助けたきゃ、金を持ってきなぁ! そうだな……一人頭千出すってんなら考えてやっても良いぜ!」
 余りに酷いハンター達の言い草に、デルマは怒りと悲しみのこもった調子で絶叫する。
「この腰抜けめ! そんな事を言うて、本当はモンスターに殺されるのが怖いんじゃろうが! 臆病者は黙って酒でも飲んでおれ!」
 ミハエルは心の中で笑った、中々気骨のあるお婆さんだと思った。強面揃いのハンターに対してあそこまで言ってのけるのは早々出来る事ではない。そう思っていた時、ラルフの鋭い声が飛んできた。
「兄さん、まずい空気だ」
 見れば、ハンター達の顔からは野卑な笑顔すら消え、険しい表情でデルマを睨みつけていた。流石の老婆も歴戦のハンターに凄まれては一歩下がらざるを得ない、哀れな老婆の顔からは血の気が引いていた。それはそうだ、ハンターの防具は得てして威圧的な姿形をしている。その連中に睨まれて一歩も引かないのなら、単なる農民にしておくには勿体無い。
「聞き捨てならないねぇ……アタシ達が、臆病?」
「その通りじゃ、何かあれば金、金と! お前らが飲んでおる酒、お前らが食っておるもの、それらはワシら農民が汗水垂らして作ったもんじゃ! ワシの息子達がそれを運ぶからお前らもそれにありつけるのじゃろうが! 言うに事欠いて金、金と……臆病もんの言う事じゃぁ!」
 立ち上がったクック装備の女性ハンターが、アームを机に叩きつける。凄まじい音と共にクックアームの棘が机に突き刺さった。デルマの闘志がしぼんでいくのが見えるようである、特にクックシリーズの防具は鋭い棘が多く、威圧的である。そして、その棘が机に深々と突き刺さるのを見ては、ただの農民が闘志を保つのは無理と言うものだろう。そして、その女性ハンターにもデルマの闘志が挫けたのは分かっただろうが、それでも強い調子で言う。
「ハンッ! アンタも、アンタのせがれも、そうやって金を稼いでるだろ? アタシ達もそうさ。命を資本に金を稼いでいるんだよ! それを棚に上げて人を金の亡者呼ばわりたぁ良い度胸だねぇ。アンタのせがれももう餌になってるだろうさ、せがれんトコに送ってやろうかい!」
 クックアームを鳴らしながら女性ハンターは言い切る。ラルフが後ろで唸るのが聞こえた、恐らくは同じ気持ちなのだろう……「言いすぎだ」、デルマの理不尽な言動は、性根が腐っているからではない、家族が、大事な息子の危機が救われない焦燥感から現れているものである。それに対してあの言い方はない、デルマの理不尽を差し引いても、今のは女性が悪い。
 しかし、その女性ハンターの言葉が頭に来たのか、デルマは再び闘志を取り戻し、四人組のハンターに対して食って掛かる。給仕は困惑した様子でそれを見ているが、助けに入る様子も、人を呼びにいくそぶりも見せない、ギルドマスターを探したが、悪い事に今は不在のようだ。
「やれるもんならやってみい……ランポスもろくに倒せんハンターがワシをどうこう出来るもんかい! 腰抜けハンターにやられるほどワシは衰えてはないわい!」
 今度はハンター達が立ち上がる番だった。酒が入って見境の付かなくなっている四人のハンターは、威圧的な表情でデルマを取り囲む。それでもデルマは気丈に振舞っていたが、それが癇に障ったのだろう。ガレオスシリーズのハンターがデルマに向けて言う。
「おいクソ婆……言葉を取り消すんなら今のうちだぞ?」
 残りの三人も無言で威圧するが、デルマはやれやれと言った風に首を横に振ると言い返す。
「腰抜けは腰抜けじゃよ、老い先短いこの身、今更命など惜しゅうはないて……」
「腰抜け腰抜けと! 俺達を何だと思ってる、俺達ハンターは誇り高いんだ、安い金で叩かれたりはしねぇよ!」
 そうだそうだと多くのハンターが同意する。いつの間にか、大衆酒場の他の机に座っていた連中もがその輪に加わっており、口々に老婆を罵り、汚い言葉を投げつけていた。流石のデルマも数十名のハンターに囲まれてはどうしようもない、その全てのハンターが一人の老婆に向けて敵意を放ち、高圧的な視線を向けているのである。全く笑わせてくれる、誇り高いハンター様は困った老婆を嬲るような事をするのか。
 デルマは何も言わなかったが、その思いは察する事ができた。腰抜け共め……である。クック装備の女性ハンターはそれを察したのだろう、ついに一線を越える。力ない老婆の顔を、手の甲で打ち据えたのである。女性とは言えハンターである、その腕力に老婆が敵する筈もなく、デルマは後ろへ吹き飛ばされる。そして、腕甲の棘が触れたのだろう、デルマの頬からは紅い血が滴っていた。そこからはお互いに反射である、お互いと言うのはもちろんラルフのことだ。騒ぎの元に横から駆けつけると、ハンター達とデルマの間に体を入れて引き離す。言葉は要らない、一同の顔を見回すだけで並み居るハンター達の顔色が変わるのが分かった。
「お婆さん、大丈夫ですか! ちょっとメイドさん、すぐに手当ての道具を!」
 ちらと後ろを伺えば、ラルフが倒れているデルマを抱き起こし、狩りから戻る前に洗った清潔な布で老婆の頬につけられた傷を押さえていた。正面に向き直ればハンター達、興奮状態の連中ほど性質の悪いものはない。若干落ち着きつつはあるが、それでも目をぎらつかせ、今にも老婆へ追い討ちを加えそうである。
「そこをどきな」
 女性ハンターが言う。何も応えずに立っていると、彼女は少し語気を荒げて再度言った。ため息をつくと女性ハンターに切り返す。
「どいたらどうするつもりだ?」
「その婆さんはアタシ達を腰抜けと言った。アタシ達の誇りを傷つけたんだ」
 上ずった声で女性ハンターは答えたが、到底どく気にはなれなかった。誇りだと? もう抵抗の意思もない老婆をどうこうする事で守られる誇りなど、誇りと言えるのか……。さっき一人が言っていた、誇り高いハンターは安い金で叩かれたりはしないと。だが、こいつらは知っているのだろうか。ハンターと言う職業を世の中に広めた竜人の男は、人々を守りたい一心でハンターになったのだと言う事を。
「どかないね……そんな誇りは溝に捨てちまえ。それとも何か? お前らの誇りって奴は、こんな老体を嬲る事で満たされるもんなのか? そいつぁ糞だぜ……それもバケツ一杯の香水をぶっ掛けた糞だ。匂いは花のそれだが、それが糞である事には変わりない。履き違えんなよ、お嬢ちゃん?」
 努めて冷静に言ったつもりだったが、どうにもその女性ハンターの気に障ったらしい。デルマに食らわせたものとは違う、握りこぶしを作っての一撃を繰り出してきた。避ける気もなかったので、それは思い切り自分の頬にめり込んだ。痛いことは痛い、口の中がいくらか切れたようで血の味がする。だが、歯は折れていないようで、一瞬焼け付くような痛みがしたがどうということはない。若い頃にディアブロスの尻尾ではたかれた事があるが、その時自分は全治一ヶ月の怪我を負ったのだ。今更女のパンチで倒れる訳がない。
「どう? まだどく気にならない?」
 効いていると思っているのだろうかこの女は……だとしたら全くの思い違いである。周りのハンターもげらげらと下品な笑い声を上げている。もっとやれ、良いぞ良いぞとはやし立てる。女性ハンターは調子に乗り、一歩引いて指を立ててクイクイと動かしてこちらを挑発する。再度後ろを確認すると、給仕が治療道具を持ってきており、ラルフと共にデルマの治療に当たっていた。これで安心だ。



 小さなため池でイャンクックと遭遇してから、既に五時間が経っていた。少し焦り過ぎてペイントボールをぶつける事を忘れていたと言う事以外には自分に落ち度はない。途中一度だけ強烈な尻尾の一撃を受けたが、上手い具合に鎧の鋼板で補強されている部分に受けたため大した怪我もしていない、確認したがやや痣になっているだけで骨にも筋肉にも異常はないと思う。
 それよりも問題なのは、一時間に及ぶ戦いの後、イャンクックがため池のエリアを離れてしまった事にある。ペイントし忘れていたがために捜索に手間取り、かれこれもう四時間はイャンクックを求めて密林を彷徨しているのだ。
「腹が、減ったなぁ……」
 一人ごちて辺りを見渡すが、そこにはアプトノスもモスもブルファンゴもいない、食料になりそうなモンスターの姿は見当たらなかった。イャンクックを探す傍ら、食料になるモンスターも探す。結局、もといたため池のエリアに戻ってきたのだが、その奥に道があることを発見したため、更に奥へと分け入っていく。大きな亀裂の入った岩盤の上を歩いていくと、少し開けた場所に出た。先は断崖になっているようで、その更に先には古代文明の遺跡と思しき建造物が見える。ここも例に漏れず鬱蒼と木々が生い茂り視界が悪い。しかし、その陰に動くものが見えた。イャンクックではない、それほど大きくはない……。
 ゆっくりと崖を降りると、息と気配を殺して目標に忍び寄る。相手はまだこちらには気付いていない。目標の死角を突く様に草陰を飛び出すと、素早く大剣を構えて臨戦態勢を取る。しかし、拍子抜けも良い所だ、そこにいたのはランポスでもイャンクックでもなく、アプトノスだったのだから。しかも幼竜である。幼竜が単体で行動すると言う事はありえない、おそらく群れからはぐれたのだろう。アプトノスの幼竜を狩る事は、ギルドでは禁止されているらしいがそんな事は関係ない、今自分は腹が減っている、そして目の前には庇護者のいないアプトノスの幼竜が一頭。後は言わずもがなである。
「弱肉強食って言うらしいぜ……恨むんなら自然の掟とやらを恨めよ、坊や」
 ゴーレムブレイドを振り上げると、危機を感じて逃げようとする幼竜に振り下ろす。骨や肉が擦り潰れ、筋肉が引きちぎれる感覚が手に感じられる。本当にあっさりと幼いアプトノスは生命から肉の塊になった。
 エオルは解体用のナイフを取り出すと、地面に横たわる幼竜の小さな体に這わせる。幼竜とは言えそれなりの大きさである。人間の腹を満たすには十分すぎる量の肉が採れた。肉が取れてしまえば長居は無用だ。この肉と血の匂いをかぎつけてランポスたちが集まる前に場所を移すべきである。
 ベースキャンプに戻ったエオルは海水で採ったばかりの肉を洗う。洗ったら塩を刷り込んで燻製にする。これでかなりの期間焼いて食べれるようになった。モンスターの肉はとにかく足が速い、放って置けばすぐに腐って食べれなくなる。肉塊のひとつを取り出して組み立て式の肉焼きセットに乗せると、ふいごを踏んで火を起こす。この肉焼きセット、小さい割りに大きな火力が強いので、うかうかしているとあっという間に焦げ肉になってしまう。適当なところで肉を上げると、表面が小麦色になり肉汁が滴る、油がはぜて食欲をそそる音を立てる。
 とりあえずの食事を済ませると、ベースキャンプの代わりになっている小型の帆船に備え付けられているベッドで休息を取る。昼間はイャンクックも動き回るだろうが、夜になればきっとどこかで体を休めるはずである。その時こそ勝負、どんな生物でも寝込みを襲われればそれなりに浮き足立ち、反撃までに時間がかかる。その間こそが勝機。
「うし……行くか」
 日が暮れて密林は夜の闇に包まれていた。幸いにも天気は良かったので月の明かりによって松明を焚かなくても何とか周囲を視認する事ができる。記憶が正しければ狩を始めてからおよそ十時間が経っている。残り四十時間、イャンクックの初討伐である、時間を一杯に使っても必ず討ち取り、自分を未熟者と侮った人間たちを見返すのだ。
 昼でも夜でも薄暗い鍾乳洞を通って、足のすくむ断崖の上に出る。周りには恐らくごつごつとした岩が並んでいるのだろうが、苔と雑草、大きな木々が絡み合うように群生しているためその全容は窺い知る事が出来ない。巨木の根に隠れて見えにくいが、断崖に大きな横穴が空いており、そこからどういう経緯で形成されたのか分からない洞穴に入る事ができる。中型のモンスターは大体この洞穴を寝床にするという統計が出ており、イャンクックも恐らくはここで休眠していると思われた。
 中に入ってみると、そこには予想通り桃色の甲殻の飛竜(正確には鳥竜ではあるが)、イャンクックの姿があった。油断、いや……生物として止むを得ないことだろう、休眠と言う行動は生命の維持に欠かせない。何よりあのイャンクックは耳がずたずたに引き裂かれ、甲殻の所々が削れて血が流れ出している。それらの傷跡は全て自分との戦闘によって付けられたものである、こうして見ると存外追い込んでいたのかもしれない。
「目覚めの悪い目覚ましで悪いな……」
 ベースキャンプから持参した大タル爆弾を、寝息を立てて眠るイャンクックの足元に仕掛ける。少しでも大きなダメージが期待できるよう、なるべく体の内側に爆風が当たるよう位置を考えた。突然の爆発による混乱、イャンクックは聴覚が発達しているため大きな音に弱い、そのため爆音で聴覚にダメージを与える事が出来れば更にこちらが有利となるだろう。よしんばそこで仕留め損なっても、夜陰に乗じて散発的な攻撃を仕掛けられれば、相手の疲労を誘える。こちらは昼間十分に休息をとっているのだから。イャンクックが進化の過程で《普通の鳥》に見られる、暗所に弱いと言う弱点を克服していない事を祈りながら小タル爆弾の着火紐を引く。
 シュッと言う乾いた音がした後ちりちりと導火線が燃え始める。導火線の先端と交差するように組み込まれている紐は特殊な加工が施してあり、摩擦で火花が飛ぶようになっている。その火花が導火線に引火すると言う訳である。その小タル爆弾を大タル爆弾の傍に転がすと、素早くその場を離れて物陰に隠れる……はずだったが、爆風を避けられそうな障害物が存在しない。辺りを見回すと何の骨かは分からないが、とにかく新しいものから風化しかかっているものまで様々な骨が積み重なっている場所を見つけた。飛び込んで骨の布団を被った数秒後、凄まじい爆音と共に熱風が骨布団の隙間から入ってくる。
 イャンクックの絶叫が聞こえると同時に骨布団を蹴散らして、洞穴の中央に躍り出る。見れば突然の爆発と爆音によって、混乱しキョロキョロと辺りを見回していた。奇襲は大成功のようで、イャンクックはまだこちらに気付いていない。胸から腹にかけての甲殻と鱗の大部分が吹き飛んでいる。無理もない、あの超至近距離で大タル爆弾の爆発を受けたのだ、無事な方がどうかしている。とにかく、正面から戦った場合中型モンスターと人間では力の差がありすぎる。モンスターの弱みに付け込むのがハンターの戦い方である。
「でぇやぁぁぁぁぁ!」
 戦いの高揚感で足が震える、決して怯えている訳ではない、断じて違う。こんなモンスター風情に自分が遅れをとるはずはない、そんな事ではモンスターを根絶やしにするなど、夢のまた夢である。全力で走り、一直線にイャンクックに突進する。その手前で急制動をかけ、慣性力と腰で剣を跳ね上げた反動を利用してゴーレムブレイドを高く掲げる。そのままの勢いを殺さず、大上段から竜骨を加工した大剣をイャンクックに叩きつける。
 骨と骨がぶつかった時に特有の、重く乾いた音が洞穴にこだまする。ゴーレムブレイドの刀身は、イャンクックの嘴にぶち当たった。重い大剣で殴りつけられた形になるイャンクックは前のめりに地面に倒れる。同時に軽い脳震盪を起こしているようで、月明かりを反射して輝く瞳の焦点があっていない。
「もぉう、いっちょぉぉおぉぉおぉ!」
 大声で叫んで悲鳴を上げる体を鼓舞する。落ちる勢いで斬ったのだから必然的に持ち上げるのはその勢いが完全に死んでからが好ましい。しかし、この好機を逃しては、また戦いが長引く事になる。個人的にはこの場で決めてしまいたい。戦いを焦る訳ではないが、長引けばそれだけこちらが不利になる、進化の発展の過程で人間は自然の中で生きるには不自由する体になってしまっている。早いに越した事はないのが現実である。
 筋繊維がいくらか断裂するのを感じながらも、思い切りゴーレムブレイドを振り上げる。地面に半ばめり込んでいるイャンクックの頭部に向けて、加工された骨の塊を振り落とす。再び骨と骨がぶつかる音が響き渡るが、今度は何かが割れる音も聞こえた、恐らくは頭殻である。……となれば、もう一息。もう一撃同じ場所に打ち込めれば或いは。
「ふぬぬぬぬぬぅぅぅ!」
 再度ゴーレムブレイドを振り上げると、もう三度目になる攻撃をイャンクックの頭部目掛けて繰り出す。頭殻のひび目掛けて剣を振り下ろす、頭殻が割れる音、頭蓋骨を砕く感覚、脳髄がすりつぶされる感触、それらが剣を通して手に伝わる。我に返ってみると、余りの静けさにぞっとする。爆音からイャンクックの叫び、自分の雄叫び、剣戟の音、土を蹴る音、爆炎が燃え移った枯れ木が燃える音、つい先刻まではこの洞穴にこれらの音が満ちていたのに、今は何も聞こえない。いや、唯一自分が肩で息をする音だけが洞穴にこだましていた。
 目の前のイャンクック『だったもの』に目を落とす。かつては雄大に空を飛び回り、他の密林原生生物を脅かした飛竜も、今はただの素材の塊である……良い気味だ。こうやって、全てのモンスターは素材の塊になってしまえば良い、種の保存がどうこう言うやつもいるが、そんなのは欺瞞だ、そう言う奴も自分の家族をモンスターに殺されてみれば、自分の言っている事が絵空事だと分かる事だろう。
 とにかく、勝ったのは自分である。勝ったと言う事は正しいのは自分である、そう……正しいのは自分である、勝ったのだから……自分は正しい……勝ったのだから……正しい……はずなのに。



 ドンドルマの西三キロ、アルブ村近郊の密林。密林と言う所は土地が肥沃で、大体の場合水場も確保しやすいので人が生活するのに適した環境である。ただし、それらの好条件は野生の動物やモンスターにとっても当てはまるらしく、密林には実に多くの生物が息づいている。小型の肉食竜や大型の飛竜などは時に人間の生活圏にまで進出してくる事があるため、密林の村とハンターは切っても切れない関係にある。
「終わってみれば、やっぱり呆気ないな……」
 ミハエル・シュテーレンは胴体に愛用の槍の胴回りと同じ大きさの穴が開いたドスランポスの死体を眺めながら呟いた。
「兄さん、商隊を発見した。重軽傷者が数名あるが死者は出ていない、不幸中の幸いだな」
 良かった、凶暴なランポスの群れ、それも狡猾なリーダードスランポスに率いられたその群れは、人間の夜盗五十人にも勝る。ろくに準備もせずに街を飛び出した甲斐があった。ドンドルマでの一件の後、武具と身一つでこの地を赴いたのだ、徒労に終わって欲しくはなかった。
「よし、動ける者に怪我人を助けさせろ、俺たちが援護する間に村まで帰らせるぞ」
「ノブレス・オブリージュか……兄さんも古臭い言葉が好きなんだな。東シュレイドの方ではもう封建制は崩壊してるって話じゃないか」
「うるせぇ……それでも、シュテーレンの家がかつてのシュレイド王国の名門貴族だった事実は消えん。その誇りと家の名を汚す訳にはいかんだろう」
 シュテーレン家は旧シュレイド王国において、かなりの地位にあった貴族の家である。しかし、それはもう何世紀も前の話であり、王国が滅亡してからは元々武門の家系であるためハンターの家として屋敷を中心にそれなりの規模の町を運営していた。今でもその町は健在で、こうして自分達が赤字の狩りを続ける事ができるのも、その後援があればこそである。次の寒冷期には戻ってみようか……父、母にももう数年会っていない、元気にしているだろうか。
「そうだな、デルマさんの息子さんも元気だったし、大手を振って街に帰れるというもんだ!」
 そう言いながらラルフは右手を差し出す。その手をしっかりと握り返し、放すと、腰に括り付けていた兜を外して被る。重たい……とは言え、この重さが大事な頭を守ってくれるのだが。
「その前に……だ」
 屈んで足元に転がっているドスランポスの死体に剥ぎ取りようのナイフを這わせる。それは、一度は命のやり取りをした《敵》なのかも知れない。だが、その死を無駄にしてはいけない。彼だって、生きるのに必死だっただけである。死体が粗末に扱われる言われは無い。
 素材を頂戴していると、ラルフも屈んで解体を始める。こう言うのを本当に《誇り高いハンター》だと言うのではないかと思う。自然の中で生き、自然と共に生き、自然と人間との調和を保つ存在。それこそが、かつて英雄の求めたハンター像なのではないだろうか。そして、自分はその形に近づけているのだろうか。


 商隊の一行を無事にアルブ村まで送り届けた後、是非礼をと言うデルマとその息子の申し出を丁寧に断って、ドンドルマに帰参した。いつ《例の依頼》が舞い込むとも知れない。また、自分達が不在の時に依頼が舞い込み、誰かに先を越されるのも気分が悪い。と言うかばつが悪い。自分の尻は自分で拭う、それもまたプライドである。
「鼻を明かせたかな?」
「そんなんじゃねぇ……第一、あの程度のレベルの連中に本気になるわきゃねぇだろ」
 仏頂面で言うと、ラルフは笑って続けた。
「はっはっは、そうだな。流石に、兄さんみたいにチビでも、ディアブロシリーズを着込んだハンターに凄まれたら並みの連中はビビるよねぇ」
「お前がでか過ぎるんだ……一体何を食ったらそうなるんだか」
 ドンドルマで採用されている尺度の単位を採用するなら、自分の身長は百七十五センチメートル、ハンターの中では大きい方ではないが、決して小柄でもない。対するラルフは身長百八十七センチメートル、大柄な人間が多いハンターの中にあっても、かなり目立つ方である。確かに、体躯でラルフに劣るのは認めよう。だがしかし、その分ラルフに比べて筋力はある。そうでなければこの身長で重量のあるディアブロシリーズで全身を固め、同じくディアブロスの素材から作られる大槍、大盾一対の武具、角槍ディアブロスを操る事など出来ない。
 ラルフは長身ではあるが、筋力の点では自分に劣る。故にハンマー使いでありながら胴鎧と兜を着用せず、腰周りの防具も軽量なレイアシリーズのそれに変更している。破槌シャッターはそれなりの重量を誇るが、防具を省いた分機動性は上がっている。それに、二人での狩りでは役割が明確に決まっているので、わざわざラルフが重装備になる必要も無かった。
「何って……同じものを食ってたじゃないか。そう言う運命だったのさ」
「運命なんて信じてないくせに、よく言う」
「ふふん、誇りある人間は運命なんて言葉に逃げないんだよ」
「良い心がけだな、高貴なる者に与えられた使命を果たすには、その気概が大切だ……」
「だけど、アレはちょっとやりすぎかな? あのお姉さん……可愛そうに、漏らしてたじゃないか」
 これについては押し黙るしかない、自分としても少々熱くなり過ぎていたと反省せざるを得ない。この辺境、アルブ村を訪れる事になったきっかけ。酒場の一件の事である。


「何とか言ったらどうなの? タマは付いてるのかしら?」
 女性とは思えない下品な発言だが、周りのハンターは爆笑に包まれ、更にその女性ハンターを煽る。気を良くしたのだろう、彼女は更にこちらを侮辱するような言葉を投げ続ける。仕方が無いのでディアブロメイルを鳴らしながら、彼女が身につけるクックメイルの首もとを掴み、その場に引き倒す。女性ハンターは一瞬何が起こったのか分からない様子で目を瞬いていたが、やがて自分が屈辱を受けた事を理解すると、すぐに立ち上がって再び殴りかかってきた。
 今度も避ける事はしない、例え彼女が全力で殴ってきても倒れない自信があった。事実、恐らく彼女は本気の拳を見舞ったのだろうが、この程度で自分を倒そうなどとは笑わせる。ここらで少し、格の違いを見せておく必要があるだろう。この後に続くかも知れない他のハンターとの無益な争いを避ける意味でも、彼女には可愛そうだが、やる意義はある。
 柔らかい、もし相手が歌姫ならば例えどんなに頭に来ていても手を上げることはなかったろう。だが、相手はハンターだ、歌姫でも娼婦でも給仕でもない、顔が商売の女性ではない。まぁ、気分は良くないが、相手も同じ事をデルマに行っている。ある意味では自業自得と言えるだろう。自分の放った拳をまともに左頬に受けた女性ハンターは勢いに負けて後ろに吹き飛んだ。数名のハンターに抱きとめられたので、地面に転がって怪我をする事はなかったが、それでも口の中を切ったのだろう、口元から血が流れている。
 既に彼女の闘志は折れた、その目には怯えが見える。これ以上何もする必要はあるまい、彼女も分かったはずだ。『自分が怒らせてはいけない人間を怒らせてしまった』と言う事が。
「ぉ、おい! 女だぞ!」
 集まってきていたハンターの一人が恐る恐ると言った様子で叫ぶ。
「見れば分かる」
 目を細めてその言葉を発したハンターを睨みつけながら言うと、他のハンター達が口々に叫び始める。
「なんて酷ぇ奴だ、女を殴るなんて!」
「男の風上にも置けねぇ、この下種野郎!」
 中には女性のハンターもいたらしく、ヒステリックな叫びも聞こえた。
「最低! 顔は女の命なのに……」
 全く笑わせる、女を殴るのはいけないのに。老人を殴るのは許されるのだろうか。こいつらの倫理観は一体どうなっているのだ。時代は変わったものだ、見た所この集まってきているのは大体二十歳前後の若いハンターのようだが、やはり若いな。若さゆえの過ちである。
「黙れ! 女を殴るのは許されず、老人を嬲るのは許されるのか! ずいぶん手前勝手な論法じゃないか、貴様らが誇り高いハンターだと? 冗談も度が過ぎれば笑えんな! 誇り高いハンターは困った老人を嬲ったりするのか?」
 一同は一瞬押し黙ったが、やや間を置いて一人が反論した。
「ハンターは慈善事業じゃない! あの婆の言う事は理不尽だ!」
「狭い物の見方をするからものが妙な観念に縛られる。ハンターは自由だ、利益至上主義も否定はしないがそれが全てではない。中には、本当に善意で狩りを行うハンターも存在する、そう言う奴は今となっては稀だがな」
 再び一同は押し黙る、奥で黙って飲んでいる連中はある程度経験を積んだハンターだろう。時折こちらを気にしながらも、不干渉を決め込んでいる風である。騒ぎが収まったのを確認して、足早にクエストボードへと向かう。そして、件の依頼が記載してある用紙をむしりとると、カウンターまで持っていって給仕に突き出す。
「受けよう、この依頼」
 その場に集まっていたハンター達が驚きの声を上げる。給仕も、そしてデルマその人も驚きが隠せない風であった。「正気か?」「馬鹿げてる」「偽善だ」などと言う言葉が飛び交うが、特に気にはならない。ある意味、彼らの選択は正解である。普通のハンターなら生活のために狩りを行うのだから、割に合わない仕事は跳ね除けるのも正しい判断である、無理矢理赤字経営をして飢え死にする事こそ、まさしく愚か者のすることと言うものである。
 だが自分にとってはこれが正解である。旧シュレイド王国の名家であり、武官として国王に仕えた一族の末裔。町を治める領主となってからも、民草の生活を脅かすモンスターと常に第一線で戦い続けてきた血筋。その誇りにこそ、自分が命を駆ける価値がある。
「何でだ? 何でアンタはそんな糞みてぇなクエストを受けるんだ?」
「ノブレス・オブリージュ。励めよ、坊や達」
 困惑する若いハンター達に啓発的な言葉を残したところで、危機に陥った商隊を救出すべく、ラルフとデルマを伴って大衆酒場を後にした。



 ジャンボ村に帰還した自分を待っていたのは、過大な賛辞と、大勢の村人だった。村の造船所を取り仕切っている亜人の男、皆は親方と呼んでいるし、本人も名乗らないので本当の名は知らないが、親方は確かに親方である。他の呼び方は何だかしっくりこない。ともあれ、その親方が大股にこちらに歩み寄って来て、彼に比べると小さい自分の体を持ち上げ、褒め称えた。それに呼応するかのように、他の村人もこちらに駆け寄って来て賞賛の言葉を贈ってくれた。当然である、自分は正義のハンター、村を脅かす悪のモンスターを退治する存在である。むしろこのくらいの歓待は当然と言うべきか。
「ありがとう皆、でも今日は流石に疲れたよ……家で休ませておくれ」
 そう言うと、親方は地面に下ろしてくれた。村人も道を空けるように左右に割れ、その間を通って今は自分しか住んでいない自宅へと戻る。誰も待っていない部屋だ、帰って来る度に空しい気分になる。この空虚を埋める女の味をまだ自分は知らない。それだけが口惜しかった。湯浴みで埃と汗を流した後は、食事も摂らないまま床に入る。まもなく心地よい倦怠感に襲われ、次に気がついたときは辺りが明るくなっていた。
 翌日、ジャンボ村はいつも通りの晴天だった。そもそも、このジャンボ村では長い雨は降らない、短い時間に凄まじい勢いで雨が降る。だからそれ以外の時は大体晴れている。朝の散歩がてら村を一周ぶらぶらする、何の変わり映えもしない景色。いや、川面に何かが浮かんでいる……木? 流木にしては人工的な感じを受ける、それもかなり大きい。まるで、竜骨(船舶の底にある骨組みの基礎となる部分)のようだ。嫌な感じがするが、特に気にする必要も無かろう。
 村を一回りしてから朝食を摂るため、パティの運営する酒場へと赴く。ケルビのミルクと頑固パンくらいで済ませようと思っていたのだが、どうやらそんな余裕もないようだった。酒場の周辺には村人が集まり、何やら神妙な面持ちで話し合っている。パティも忙しく羊皮紙に何かを書き込んでおり、とても食事を頼めるような雰囲気ではなかった。
「何かあったのか?」
 造船所で働いている男を捕まえて尋ねると、男は当惑した様子で答えた。
「今朝、港に大型帆船の残骸があがった。だが妙なんだ、どうにも嵐で難破したって訳じゃなさそうでね……」
「では何故?」
「気になるのは船体にいくつか穴ぼこが空いていた事だな、少なくとも事故ではない」
 別の船大工が話しに割って入ってくる。
「穴ぼこ……戦闘の痕って事か? 近海に海賊でもいるって言うのか?」
「いや、バリスタならともかく、大砲の弾ではああいう傷にはならない、何か凄い力で船体をぶち抜かれているんだ。俺はそんなもん聞いた事も見た事もない、恐ろしい話さ」
「モンスターの仕業と考えるのが自然だな。よし、俺がぶちのめしてやる」
 おお、と酒場の周りに集まっていた村人が歓声を上げる。全ての村人が自分を当てにしてくれる、自分を頼りにしてくれる、自分を必要としてくれる。その実感が気持ち良かった。
「駄目よ、貴方だって分かっているでしょう。こんな事が出来るモンスターは限られているわ! 今の貴方では敵う訳がない、みすみす死にに行かせる訳にはいかないわ」
「何でだよ! 俺は村のイャンクック討伐記録を更新したんだぜ? きっと勝つ、勝ってみせる!」
「自惚れないで! イャンクックなんて、飛竜の中では最下層に位置するモンスターよ。それを倒せたから一人前だなんて思わないことね! 死ぬわよ」
 何なんだこの女は。いや、村長代理だと言う事は分かっている。元はドンドルマのハンターズギルドが設置した古龍観測所に所属していた優秀な学者だと言う事も知っている。だが、現場を知っている訳ではないだろうに、この言い草は……納得がいかない。この竜人は自分を過小評価しているのだ。構うものか、黙って出て狩ってしまえば文句は言われまい。
「勝手に出ようなんて考えない事ね? このモンスターは既に正式なクエストに登録されているわ、勝手な行動はこの地域一体のハンターギルドからの処罰の対象になるからそのつもりで」
 何と小賢しい事だろう。組合を盾にとって自分の行動を制限するのか。流石は人間よりもモンスターに近い種族だ、姑息な策を弄する……。しかし、そうなればこちらの分が悪い、今回は一端退いて時を待つとしよう。必ず名を上げるチャンスは来るはずだ。
「分かった。だけど、三日経って誰も名乗りを上げなかった俺が行く。それなら良いだろう?」
 竜人の女は何も言わなかった。と言う事は少なくとも否定ではないようだ。三日か、その間に準備を整えておこう。自分だって素手でガノトトスに勝てるとは思っていない。しかし、綿密な計画を練り、文明の利器を用いれば必ず倒すことが出来るはずである。相手は知能に劣る獣だ、恐るるには足りない。


 ミハエルとラルフがドンドルマに戻ってすぐ。ギルドからの使者が《ある用件》を伝えに彼らの下を訪れた。用件とは、予てよりミハエルが申し出ていたものである。『自分達が仕留めそこなったガノトトスが何かしでかしたら、その依頼を優先的に回す』、その報を受けたミハエルは直ちに準備を整え、ラルフと共に海路そのガノトトスが目撃された地に向かった。ドンドルマから南に数リーグ進んだ所に位置する交易都市ジォ・ワンドレオから、沿岸を沿って南エルデ地方へ抜ける。そこから、既存の通商航路を利用してジャンボ村に向かうのである。兄弟が仕留めそこなったガノトトス、それが目撃されたのはジャンボ村近郊の密林なのだから……。
「海は良いなぁ……心が洗われる様だ」
 海は良い、穏やかでもあり、厳しくもある両方の表情を持っている。古来、人間が文明を持ち始めた頃の人々は海神を崇めながらも畏れた。それは、人間の生命活動に必要不可欠である水をもたらすのが海であり。また、時に天災として人々の生命を脅かすのもまた海であるからだろう。大時化になれば、この程度のキャラヴェル(足の速い小型の帆船)はすぐに転覆してしまうだろう。その点では怖くもある、だが、それでも自分は海が好きだった。
「よう、船長と話をしてきたが、もう二時間ばかでジャンボ村に着くそうだ」
「そうか、ご苦労だったなラルフ」
 ラルフは手を振って労いの言葉を制する。
「見ろよラルフ、エルデ地方の象徴……ラティオ火山だ」
 遠巻きに見える陸地に聳え立っている、大きな活火山を指差す。
「はぁ~流石に見事だな。アレでいつ爆発するか分からないんだろ? その傍に住んでる奴の気が知れないな」
「そうか? それを言ったら、好き好んで化け物と剣を交えるのを仕事にしてる俺達も良い具合に変態だぜ。それにな、あの危険地帯に居を構えるのにもちゃんとした理由があるんだ」
 ラルフは信じられないと言った表情でこちらを振り返った。兄として、その疑問には答える義務があるだろう。
「エルデ地方は優秀な鍛冶職人を輩出する土地だ。その温床はあのラティオ火山だよ……あの紅蓮地獄はな、良質なレアメタルを算出する鉱山でもあるんだ。燃石炭の鉱脈も既にいくつも発見されている、故に鉱石の加工には困らんと言うわけだ」
「なるほど、だから冶金技術が高度に発達した訳か」
「そう言うことだ……尊敬したか? この兄の博識振りを」
 ラルフは首をすくめて両手を左右に広げると、呆れたように切り返す。
「尊敬したよ。少し……ね」
「ちぇ、じゃあもう一個な。オババもあの地方の出だそうだぞ」
「そうなのか? へぇ、そう言えば……オババは元気にしてるかな。折角懐かしのジャンボ村に行くんだ、皆に会いたいもんだなぁ」
 肯定の意で頷く。オババはかつてラルフと共に身を寄せていた辺境の村、ジャンボ村で小さな工房を開いていた老婆である。老齢でありながら活力に溢れ、自分の背丈ほどもあるハンマーを操って、日用品からハンターの武具までを一手に引き受けていた。腕力だけでなく、竜人族にしか習得不可能と言われた金属加工技術を有し、その知識、経験全てにおいて、街の職人でも足元に及ばない。村が大きくなるにつれ、彼女を慕って何人かの鍛冶職人が弟子入りしたが、中々にしごかれていたのを思い出す。
 オババだけではない、ジャンボ村の人々は元気にやっているだろうか。造船所の親方、酒場のパティ、村長代理、食材屋のおばちゃん、かつて自分を勝手にライバル認定してくれやがった……えぇと、名前は何て言ったか。とにかく、皆が元気であれば喜ばしい事この上ない。
「あぁ、皆……元気だと良いな。久しぶりに会うのが楽しみだ」
 潮風が気持ち良い、全く自然とは度し難い。こうして穏やかな時は心を洗う美しさをたたえているのに、一度牙を剥くと、どんな飛竜の脅威でも霞んでしまう。だからこそ人間は自然を畏れ敬うのだろう。ハンターはその自然への畏敬を忘れてはいけない、それこそがハンターにとって最も大切な心がけなのだから。



 村長代理にガノトトス討伐クエストの受注を退けられてから二日経った。ジャンボ村には自分以外にもハンターが滞在していたが、巨大な帆船を破壊するほどの個体である。その討伐に名乗りを上げる者はいなかった。あと一日で自分がその討伐に出る事が出来る、村を脅かす悪を討ち、人々の賞賛を浴びる事が出来る。自分にはそれだけの力があることを、あの小賢しい竜人の女にも思い知らせる事が出来る。
 一応、ここ数日の日課としてパティの酒場に赴く。無いとは思うが、ガノトトス討伐のクエストが誰かに受注されていないか確認するためである。パティはいつもの様に、食器を洗ったり、帳簿を確認したり、往来する人々に応対していた。
「パティさん、どう? 誰かクエストに名乗りを上げた?」
 パティは目を伏せて首を横に振る。つまり、誰も名乗りを上げていないということだろう。これで自分の出陣は決まったようなものだ。こんな事なら初めから自分を出しておけば良いものを……余計な手間と時間である。
「そうかい! じゃあ、出る準備をしておいた方が良いなぁ。全く、村長代理も無駄な時間をかけさせるよ」
「止めときな、それこそ《無駄な時間》になる事請け合いだ」
 港の方から聞きなれない声がする。声の方に振り返ればそこには見た目からハンターと思しき二人の男が立っていた。驚いた事にその二人は、砂漠に生息する凶暴な飛竜、ディアブロスの素材から製作されれる鎧、ディアブロシリーズを纏っていた。二本の角と刺々しい襟巻き、ハンマーの様な尻尾に砂色の甲殻を持つこの飛竜は、砂漠で最も強力な種の一つに分類される。並みのハンターではその強大な力の前に、すり潰されてしまうだろう。一人はそれを爪先から胴まで着込んでいるため相当な実力だと分かる。腰に兜が括り付けられているから、恐らく戦闘時には全身ディアブロシリーズと言った姿になるのだろう。
 もう一方のハンターも同じディアブロシリーズを纏っているが、胴鎧を着けておらず、麻の外套を纏っている。その隙間から、少し日に焼けた筋骨隆々な肉体が見える。腕甲と脚甲こそディアブロシリーズだが、このハンターは腰にレイアシリーズの防具を着けている。しかし、全身ディアブロの男と比較してとにかく身長が高い、自分よりは頭二つは大きいだろう。
 そうだ、どちらかは分からないが、気になる事を言っていた。「無駄な時間になる」とはどういう事だろうか。
「どういう事だ? 無駄な時間って?」
「そのままの意味だ、お前がそのクエストに行くことはない。それは俺達の獲物だ」
 何だと? このハンター達はまさかガノトトスの討伐のためにこのジャンボ村まで来たというのか。少なくともジャンボ村の近郊にはディアブロスが生息できるような砂漠は存在しない、かなり遠くを拠点とするハンターだという事は分かるが、それがわざわざジャンボ村くんだりまで来るものだろうか?
「ミーシャ! ラリー!」
 パティが驚いたように目を丸くし、口をぽかんと開けて二人のハンターのものと思われる名前を叫んだ。と、言う事は三人は知り合いなのだろうか。
「よう、パティ。でかくなったな……ふぅん、それに良い女になったもんだ」
「お久しぶり、元気そうで良かった」
 二人のハンターは手を軽く上げてパティに挨拶しながら、恐らくそうなのであろう再会を喜んでいた。つまり、この二人のハンターはジャンボ村に以前滞在していたハンターなのだろう。そして、どこで知ったのかは分からないが、ジャンボ村の近郊に強力なガノトトスが出没しているという事で、その討伐に出向いたという訳だろう。恐らくはそうだ。しかし、いくら腕が立とうが、いくらジャンボ村の勃興期に功績があるハンターでも、獲物を横取りされるのは良い気分がしない。ここは、断固たる態度で意見を言う必要があるだろう。
「話は終わってないぞ、そのガノトトスは俺の獲物だ。あんた等が誰だかは知らないが、獲物を横取りされちゃあ黙ってられない!」
「横取りってのは侵害だな、これを見ろ。これはギルドの正式な文書だ……文句があるなら正当な手続きを以ってドンドルマに申し立てるんだな。まぁ、その審議が終わる頃には俺達の仕事も終わっているだろが」
 全身ディアブロシリーズの男、暗いオレンジの髪を伸ばし、前髪を後ろに撫で付けている。確か、ドンドルマロングと言う髪型の男は、自信満々の表情で一枚の羊皮紙を取り出し、こちらに突き出してくる。それを受け取って目を走らせると。確かにドンドルマハンターズギルドの公式文章を示す印が押してあった。
 その文章を読み解く限り、件のガノトトスは彼らが以前討ち漏らした個体であり、その狩猟権を保障すると言う事だった。何と言うことだ、ギルドのお墨付きと言う事は、彼らにこのクエストを受ける優先権が生じる。元来ハンターズギルドも一々その様なハンターの我侭に付き合うことは無いが、恐らく彼らはギルドに対してかなりの功績があるのだろう。またしても分が悪い。
「なら、俺も連れて行ってくれ!」
「駄目だ」
「どうして!」
 背の高いハンターは黙ったままだが、このドンドルマロングのハンターは自分のクエストの同行を棄却する。屈辱だった、どこの馬の骨とも分からないハンターにこの様に侮辱されてはたまらない。すると男は、値踏みするような目でこちらを眺め、そして口を開いた。
「その程度じゃ、足手まといだ」
「何だと! 俺はこの村のイャンクック最年少討伐記録を持っている。そこらのルーキーと一緒にしてもらっては困る」
 男は「ほー」とわざとらしく驚いて見せ、こちらに歩み寄ってくるとハンターアームの袖を開いて腕を見る。
「ゴーレムブレイドか……大剣の重さに引っ張られるような奴は、邪魔だ。ふぅん、理解できないって顔だな? お前、腕の筋肉を傷めてるな。腕の力だけでゴーレムブレイドみたいな重量のある剣を扱おうとするからそうなる。と言う事は、上手い立ち回りも出来て無いんだろ? それじゃ、飛竜戦はまだ早い。坊やはイャンクックでも狩って力をつけるんだな」
 悔しいが、ある程度この男の言っている事は正しい。自分はハンターとしての筋力が未発達で、時折このゴーレムブレイドに引っ張られる。だが、それでも足手まといにはならない自信がある。それを邪魔とは、失礼にも程があるだろうこの男。パティをみるが、彼女は男が正しいと言わんばかりに頷き、背の高いハンターも目で男の言葉を肯定している。残念ながらこの場には自分の味方はいない様だ……結局、自分は一人と言う事か。
「待って、ミハエル。私からもお願いするわ、このボウヤをクエストに連れて行ってはくれないかしら?」
 誰かと思えば村長代理である。何のつもりだこの女、今まで散々自分の事を過小評価しておきながら、この期に及んで推挙するとは。全く、竜人の考える事は度し難い。
「姐さん……無茶だよ、この坊やを水竜の餌にでもするつもりですか?」
「貴方達ならそうならない様に出来るでしょう? この子には経験を積ませたいの」
 ミハエルと言うらしい男は、顎に手を当ててしばらく考え込む。この男がミハエルという事は、パティの言うラルフとはその後ろでカウンター席に座っている長身の男の事なのだろう。ミハエルはラルフをちらりと振り返り、彼が一つ頷くのを確認すると、村長代理に返答した。
「まぁ、仕方ないか。姐さんの頼みじゃあなぁ、断る訳にもいかないし。連れてきましょう、この坊やを……ただし、足手まといになるようでしたら水竜の餌にしますが、それでもよろしいですね?」
「ええ良いわ、その時は煮るなり焼くなり好きにして頂戴」
 とんでもない事を当人の感知しない所で言うものだ。この二人の人間性を疑う。しかし、ともかくこれでガノトトスの討伐に出る事が出来る。そこでこの二人のハンターの鼻を明かせば良い、自分の実力を見ればこの礼の無いハンターでもこちらに一目置く筈である。今に見ているが良い。
「では明朝出発する、今日一杯は準備に時間を割け。姐さん、宿を借りれますかな?」
「良いわ、ハンター用のゲストハウスを用意してあげる。ラルフ、貴方にもね」
「ありがとう姉さん」
 そう言って二人のハンターと村長代理は村の奥へと消えて行った。良かったわねとパティは言う。クエストに行ける事になって、という意味だろう。確かに、随分軽く見られている点については不愉快だが、その評価者を見返す機会を得たという点では《良かった》と言えるだろう。
「パティさん、あの二人は誰? 何だか、知り合いみたいだったけど……」
「あぁ、あの二人はね。ずっと最初の頃から村長と一緒にこの村を興したハンターの二人よ」
 と言う事は、それなりの腕を持っているのだろう。未開の地と言う場所はまだ強力なモンスターが跋扈している事が多い上、依頼を選ぶ事ができないので新米には荷が重い。つまり、彼らはその当時からそれなりに名の売れたハンターであったと言う事だろう。
「強いの?」
「強いわ! あの装備を見ても信じられない?」
「そりゃ、装備は凄いけど……もしかしたら裏ルートで入手した素材かもしれないじゃないか」
 通常、モンスターの素材を用いた防具を作る場合、ハンターは自ら狩ったモンスターの素材を使用する。しかし、王国や傭兵団の兵士用の防具を作るための素材が市場に流通する。それを買い求めてハンターは防具を作る事が可能ではある。無論、ハンターは大体の実力を防具で判断されるため、防具が良ければ見栄は張れる、だたし実力が伴っていない場合、それが他のハンターにばれると、待っているのは侮蔑と中傷だけである。故にそう言うことをするハンターは殆どいないが、彼らが必ずしもそうでないと言う保障もない。
「もう……疑り深いのね。良いわ、彼らの逸話を一つ話してあげる。貴方が二、三歳の頃の話をしね? 混乱を避けるために一部の村人しか知らないんだけど、今から十四年前、この村の近くの密林に古龍が現れたの」
「こりゅう? って何?」
 正直初耳だった。飛竜ではないのだろうか、竜と付くからにはモンスターの分類の一つなのだろうが、魚竜や鳥竜以外にも分類があるとは驚きである。
「古龍はね、これもお姉様の受け売りなんだけど。飛竜とはまったく別の進化を遂げた生物で、古い時代から存在している龍よ。人間の数十倍の寿命を持つ種で、その過程で人知を超える力を有するようになるの。例えば、その古龍は一説には風を操ると言われているわ。そして鋼の肉体を持っているの、噂では時折各地の町や村を襲撃して大きな被害を出しているらしいわ」
 神妙な顔でパティは言った。なるほど、それは恐ろしい。パティは古龍の龍が飛竜の竜とは全く違う意味を持つと言う事を教えてくれた。それらは伝説や伝承の中でも語られており、都会の学者ですらその全貌を解き明かしてはいないという事だった。
「で? その古龍がこの村の近くに?」
「そう、現れたのよ……その時に、お姉様は初めてこの村に来たのよ、村長の古い知人と言う事でね。お姉様は村を捨てるように私達に言ったわ、人間が古龍に勝てる確率は極めて低いらしいの。いつ古龍が村に攻めてくるか分からないし、戦うにしても犠牲は必至……と言う事ね」
 パティはこの話を自分が、二、三歳の頃の事だと言った。そんな以前に、この村をそんな危機が訪れていたとは知らなかった。
「皆相談した結果、かなり大きくなって来ていたこの村を捨てる事を決めたの。でも、あの二人はそれに反対した。村を捨てるのは俺達が死んでからでも遅くは無いってね? 皆止めたわ……でも、ミーシャとラリーは、スコールの中密林に出かけて行ったの」
「……で、どうなったの?」
「いやだ~、あの人たち生きてるでしょ? そうなの、驚いた事にあの二人は、帰って来たの。もちろん無傷でと言う訳にはいかなかったわ……ラリーに背負われて帰って来たミーシャはそのまま三日間意識が戻らなかったし、ラリーも全身に数十箇所の骨折を作ってきたの。満身創痍だったわ」
「勝ったのか?」
「ええ、少なくとも村の近くから古龍はいなくなったわ……噂では、その後ここからずっと北の方にある村、ポッケ村のハンターが更に撃退したって話だけど。で、そのポッケ村で古龍を迎撃したハンターも、この村の出身だったんだけどね?」
 なるほど、どうやらあの二人は《本物》らしい。古龍……自分には未知の存在だが、それほどに強大な力を持つのならば、一生のうちに一度くらいはお目にかかってみたいものだ。出来れば討ち取ってみたいが、話を聞く限りそれは簡単ではなさそうだった。
「分かった、あの二人は強いんだな……」
「ええ、それはもう。十数年前に村を出たんだけど、時々その名前はこの村にも聞こえてきたわ」
 とにかく凄いのは分かった。このままでは崩れかかっている自尊心が完全に崩壊してしまう。弱気になってはいけない、連中の鼻を明かすのだ。パティに挨拶して酒場を後にし、自宅に戻って明日に待つ狩りの準備をする。とは言え、道具類は既に用意しているため、愛用のゴーレムブレイドに研ぎをかけ、程々の食事を摂った後、少し早めに床についた。



 翌日、ジャンボ村はいつも通り良い天気だった。特に今日は雲一つ無い快晴で気持ちが良い、これから狩る獲物と一人で戦えたら言う事は無いが、今回はそう言うわけにはいかない。物好きな兄弟がドンドルマからこのジャンボ村くんだりまで自分達が仕損じた獲物を仕留めにやって来たためである。しかしまぁ、それ程に名の売れたハンターの戦いが見れるのだから、悪い事ばかりではない。せいぜい技術を盗ませてもらうとしよう。
 ミハエル、ラルフ兄弟と自分の併せて三人で、村の船着場に向かう。そこには小型の帆船が浮かんでいた。いや、大型の筏と形容した方が正しいだろう定数は四人となっているが、四人も乗れば手狭になるだろうその筏も、ハンターにとっては大切な足である。海の上を高速で駆ける筏は、ハンターを確実に狩猟場に運ぶのだ。
「では、姐さん……行って来る」
 ミハエルが村長代理に言う。彼女もその武運を祈るかのように彼に微笑み返した。ミハエルはその笑顔を受け取ると船に乗り込み、ラルフから積荷を受け取る。全ての必要物資の積み込みが終わってから、ラルフと共に筏に乗り込む。最後にミハエルが筏を止めている縄を外し、足で筏を発着場から離した後、飛び乗ってくる。鎧は着ていなかったが、一端のハンターである、鍛え上げられた体が飛び乗ればそれなりに揺れる。船体にしがみついて何とか筏から落ちる事だけは避けられたが、全く動じていないラルフを見ると、些細な事ではあるがハンターとしての差を見せ付けられたようで自分が情けなくなる。
 ミハエルとラルフが櫂を使ってある程度まで船を出す、そうしなければ岩礁を避ける微妙な操船が出来ないので危険なのだ。沖合いまで出れば後は風が導いてくれる。手伝おうかとも思ったが、この二人にとってはこの程度の肉体労働は準備運動にもならないようだ。ますます面白くない。雑用すら押し付けようとしないと言う事は、この二人……完全に自分をいないものと思って行動している。
「ミハエルさん……でしたっけね?」
「ああ、そうだ。どうした? 坊や」
「その坊やは止めてもらえないか? 俺はもう十七なんだ!」
「そうかい、悪かったな。俺は四十二だ……俺に比べりゃ十分坊やだよ、ボウヤ?」
 一々癇に障る男である。が、驚いた、確かに中興期のジャンボ村で活動していたのだから、それなりの年ではあるだろう。しかし、この成りで四十二とは、とても見えない。どう厳しく見ても三十中盤が良いところだろう。と言う事はラルフの方も、四十か、或いは三十後半となる。こちらも、とてもそんな風には見えない。顔立ちも整っており、男娼と言った方がしっくり来るだろう。
「で、どうした? ボウヤ、トイレか?」
 実力を見せるまでは何を言っても無駄だろう、彼の性質の悪い冗談は無視する事にした。
「アンタはその重装備なのに、弟さんは何でそんなに無防備なんだ? ハンマー使いが兜と胴鎧を着けないなんて正気とは思えない」
「酷いなぁ……これにはこれでちゃんと意味があるんだよ」
「おう、ボウヤ。ラルフ先生の話をちゃんと聞いとけよ。チームプレイって奴を教えてやる」
 教えるのは俺だけどね、とラルフ。首をすくめて笑って言った。
「俺たち兄弟はツーマンセル(二人一組)を前提としたパーティなんだ。だから、状況にもよるけど、その役割が明確に決まってる。兄さんは角笛を吹いてモンスターの注意を一身に惹きつける役だからご覧の通り重装備、頭から爪先までがっちり固めたランサーさ。俺はハンマー使い、ハンマーは破壊力こそ抜群なんだが、重いのが玉に瑕だな。兄さんがモンスターの注意を惹いてくれるから胴鎧を外して体を軽くしてるし、弱点が良く見えないで仕損じるなんてのは御免だから兜も着けない。最近は加工技術の発達で今までシリーズに存在しなかった腰と脚の防具があるにはあるが……あの腰鎧は動きにくいからレイアフォールドを使ってる」
 大した連中だ。こんなギャンブルのような戦い方でよく今まで生きてこれたものだ。それだけ、この兄弟が優れた戦闘技術を持っていると言う事だろう。
「怖くないのか?」
「怖いさ、だけど……角笛を吹きながらモンスターの前に飛び出すのはもっと怖い筈だろ?」
「よせやい、ダニが背中でランチかましてるみたいだよ」
 ミハエルがぶんぶんと手を振ってラルフの言葉を否定する。この兄弟は、ドラグライト鉱石よりも固い絆で結ばれているようだ。戦闘技術故に生き残ってきたのだと思ったが、どうやらそれだけではないように感じられた。その根源が何なのかは、まだ分からなかったが……。
「とにかく、エオル。パーティを組んでの狩りに必要なのはチームプレイだ、個々の技術云々よりもこれは優先される。それを忘れるんじゃないぞ?」
 一応、頷いておく。彼らの強さの根源が絆にある事は分かったが、圧倒的な力はそんな絆の力をも凌駕する事を見せてやる。そうすれば、彼らも少しはこちらを評価するだろう。彼らに認められれば、あの小賢しい竜人の女も自分を認めざるを得ないはずだ。
「ラルフ、そろそろ浜に上がるぞ。岩礁に注意しろ」
 いつの間にか目的の密林が見える位置に来ていた。ジャンボ村近郊の密林は、その多くが海に面しているため上陸には困らない。ただし、ベースキャンプとして適した場所は早々見つからない。大型飛竜が空から進入できず、陸路からランポスや巨大甲虫が侵入しにくい場所を選ばなければならない。しかし、そこは流石に熟練ハンターである。ミハエルはすぐにベースキャンプに適した場所を見つけ、その浜に筏を揚げた。
 筏を浜に揚げてすることはまず、船体を固定する事である。成人の腕ほどもある金属製の杭を砂浜に打ち込み、その杭にロープで筏を固定する。とりあえずハリケーンでも来ない限り、これで筏が流される事はないだろう。
 次に、テントを張らねばならない。密林の天気は時に人間の予想もつかない表情緒見せる、ほんの数分前まで晴れていたのに、突然バケツをひっくり返したような雨が降ることもある。それらの冷たい雨はハンターの資本である体力を容赦なく奪ってゆく、それを避けるためにも、雨を避けるテントは必須だった。
「ラルフ、坊やと共にテントの設営を頼む」
「アンタはどうするんだ?」
「俺は見回りだ、坊や。ラルフの言う事をよく聞いて、しっかり励めよ?」
 相変わらず人の神経を逆なでするような口調でミハエルは言い放つと、ラルフと二、三言交わした後、それまで腰に括り付けていた兜を深く被り、密林の奥へと分け入って行った。もしかして、厄介で大変な仕事をこちらに押し付けただけではないのか。そう不審に思いながらも、ラルフの指示に従ってハンター四人は平気で収容できる大型のテントの設営にかかる。熟練ハンターラルフと共にと言うこともあり、存外その作業は早く終わった。
「大丈夫かい?」
 体力は……という事であろう。それならば問題ない、そこらの同年代とは鍛え方が違う。問題ないことを告げると、ラルフは少し驚いた風だった。なるほど、物腰こそ穏やかだが、この男も自分のことをそれ程高くは評価していなかったと言う事だろう。とにかく、少しは評価が変わったと思いたい。そう思ったところで、自分の目的が、ジャンボ村の英雄とも言われる男達の鼻を明かす事から、この兄弟の評価を上げるという事に変わっているのに気付く。当初の目的を思い出すよう自分に言い聞かせ、得物のゴーレムブレイドの具合を確かめる。ひび、歪み、傷などは一切無い。完璧な状態である、これなら飛竜の甲殻でも膾切りに出来そうだ。
 そんな事をしながら時間を潰していると、先程出て行った方向とは逆の道からミハエルが戻って来た。彼は兜を脱ぐと、汲んで来たという真水を頭から被った。
「ガノトトスの姿は無いな……今度は本腰を入れて探すぞ、準備が出来次第出発だ」
 待ちに待った時が来た。実地に出れば、後はどうにでもなる。現場の状況は時に事前の打ち合わせを凌駕する。何だかんだ理由をつければ、この兄弟を出し抜く事も十分に可能である。
 支給品や持参品を確認してから、三人一組で浜に出る。浜は静かで、上空を飛ぶ鳥の声と漣の音だけがやけに耳についた。先頭を取って進んでいると、ミハエルが突然静止を促してくる。
「何か?」
「それ以上動くな、五体満足で家に帰りたいだろ?」
 ミハエルの言葉の意図を量りかねていると、その答えが砂の中から現れた。ヤオザミである。小型の(と言ってもアプトノスの幼竜程の大きさがある)甲殻種であるヤオザミは、普段は浜辺で様々な生物の死骸を貪るが、時折こうして砂の中に身を隠して休息すると共に、通りかかった生物に襲い掛かってその食物とする。悔しいが、ミハエルの注意が無ければ足に深刻なダメージを負っていた事だろう。
 すぐにゴーレムブレイドを抜いて叩き潰すと、先を急ぐべく歩き出そうとした。すると、再びミハエルがこちらを呼び止める。何の用かと振り返れば、ミハエルは何やら厳しい顔つきでこちらを睨みつけていた。
「何のつもりだ?」
「何って? 先を急ぐんだ……時間の限られた狩りだから、一刻も無駄には出来ないだろう?」
「そうじゃない、そのヤオザミの事だ」
「この蟹がどうかしたのか?」
 そう言うと、ミハエルは更に表情を硬化させて言った。
「何故剥ぎ取らない……この命を無駄にする気か」
 そう言うことか、全く細かいことを言う男だ。高々小蟹一匹、大した利益になるわけでもないのに。
「命を無駄にって……大袈裟だなぁ。別に大した事じゃないだろう?」
「何だと? それは本気で言っているのか?」
「本気も本気、大真面目だ。俺はハンター、悪のモンスターを倒すのが仕事だ。それに俺は勝ったんだ、敗者の命を自由にするのは勝者の特権だろ? 弱肉強食だよ」
 ミハエルの目が見開かれる、一体なんだと言うのだろう。そのまま彼はこちらに歩み寄って来て、何をするのかと思いきやそのまま右腕を振り上げて……。
「ッ!?」
 目の前が一瞬真っ暗になった。何か柔らかいものに背中から突っ込んだ気がした。目がチカチカする、同時に左の頬に焼け付くような痛みが走った。徐々に何が起こったのかが分かってくる。殴られたのだ……この男に。口の中が切れている、見てはいないが血の味が口いっぱいに広がって不快だ。一体自分が何をしたと言うのだ、当然の権利を行使したのに過ぎないのに、あろう事かこの男は何の警告も無く自分を殴り飛ばしたのだ。何と言う理不尽、こんなのがハンターの高位に位置しているのだから世の中分からない。もしかしたら、この暴力を持って今の地位を保持しているのかも知れない。
「この下郎、恥を知れ恥じを! モンスターが悪だと? 勝者の特権だと? 弱肉強食だと? ふざけるな! お前が言っている事は全て人間の傲慢だよ、思い違いも大概にしろ!」
「な、何の話だよ……」
 頭がくらくらして上手く喋れない。この男、アームを着けた腕で思い切り殴ってくれたようだ。
「それが分からないようなら、お前にとってのこのクエストはここで終わりだ。ベースキャンプで寝ているんだな。元より弟と二人でこなすはずの依頼だった、お前が帰った所でどうと言う事はない」
「分かった、分かったよ……剥げば良いんだろう? 剥げば……」
 ミハエルは何も言わなかったが、何も言わなかったので少なくとも今の言葉は彼の意に反してはいなかった様だ。笑う膝に活を入れて何とか立ち上がると、解体用のナイフをヤオザミの甲殻の隙間に差し込んで、その小殻を剥ぎ取った。爪とザザミソは粉砕していて採取出来なかったので、これで一杯一杯だった。
 ミハエルは鼻を鳴らして先を歩いて行った。ラルフが通り過ぎる時にちらりとこちらを見たが、それまでに見たこともないような冷たい視線で、一瞬体中の汗が引いてしまった。一体自分が何をしたというのだろうか? 本当にこの兄弟は度し難い。
 その後、広い浜辺を小高い崖沿いに進むと、浜辺から密林になっている場所に出た。こう言う場所はどこも似たような地形で、奇妙な概視感に襲われることがある。ここも多聞に漏れず、よく足を運ぶテロス密林の地形に良く似ている。テロス密林の植生に近いのだから、それも無理からぬ事ではあるが。
「止まれ……」
 声を潜めたミハエルの檄が飛ぶ。また殴られてはかなわないのでその言葉に従って足を止める。彼が指差す方向を見れば、木々の間から青い色がいくつか見えた。この密林地帯に生息する生物で、あのように目立つ青色の体表を持つのは、限られてくる。恐らく、と言うかほぼ間違いなくランポスだろう。
「やってやるぜ」
「駄目だ、追い払う……俺一人で良い、お前とラルフはここに隠れていろ」
 そう言ってミハエルは一人木陰を飛び出した。後に続こうとすると、ラルフが目線で制止してきたが、構う事無くランポス達がいる方向へと走っていく。しかし、飛び出すのが遅すぎたようで、ランポス達の姿が見えた場所にたどり着いた時には、既に全て終わっていた。
「俺は隠れていろと言ったはずだが?」
 ミハエルの得物、角槍ディアブロスの先端が真っ赤に染まっている。その中程には胴体を串刺しにされたランポスがぶら下がっており、血の泡を吹きながら絶命していた。その余りに凄惨な光景を見て、敵わないと判断したのだろうか。ランポス達は算を乱して密林の奥へと逃げていった。
「何で逃がすんだよ、アンタなら皆殺しに出来たはずだろ? それに……ランポスくらいなら俺だって簡単にやれる! 黙って見てられるわけは無いだろ!」
「無駄な狩りはしない、それはハンターの常識だ。良いか坊や? 自然界には過度の殺しは存在しないんだ。過剰な殺しは生態系のバランスを崩す、分かるな?」
「分からないな。奴らは人間を襲うんだぞ? そんな危険な奴ら、一匹でも少ない方が良いに決まってる、それを何で躊躇うんだよ! 頭悪いんじゃねえの? モンスターは悪なんだよ……俺の大事な家族を奪ったんだ! 自分だけ分かったような綺麗事を言うな!」
 今まで、こう言う説教をしてきた奴は何人かいる。だが、誰もがこう言えば必ず黙った。そうさ、自分の家族を殺されてみれば、自分の言っている事が正しいと気付く。彼らはその経験が無いからこう言う綺麗事を平気で言えるのだ。
「綺麗事……か。大事な家族……か」
「そうだ、俺は飛竜の襲撃で両親を亡くした。あれがどんな悲しみかお前は……」
 こちらの言葉を遮ってミハエルは言い放った。
「大事と言う割には、ジェラードとメリッサの事を何も理解していない様だがな……」
「あ? どう言う事だよ! 何でお前が俺の父さんと母さんの名前を知ってるんだよ!」
 ジェラードは父の名、メリッサは母の名だった。この男の言うジェラードとメリッサが、自分の両親の事ならば、その事を理解していないとはどう言うことだろう。妙な不安感が胸を締め付ける、生まれてこの方、こんな気分になるのは初めてだ。
「お前がこのクエストに生き残れたら教えてやる……」
「兄さん!」
「分かってる、少し喋りすぎたな!」
 自分に何か隠していたのだろうかと思ったが、すぐに喋りすぎたと言うのが内容の事ではないと言う事に気付いた。ミハエルはもう自分の事を見ていない、彼は腰に下げられている角笛を高らかに吹き鳴らすと角槍ディアブロスを構え、対になっている盾を掲げた。その次の瞬間、海面が爆発して何かが飛び出した。いや、飛び出してはいない、首から上を出してこちらを伺っているのだ。密林最高峰の種、水竜ガノトトスが。
「くそっ! ガキの守は馴れてねぇってのに」
 ミハエルは吐き捨てるように言うと、こちらの襟首を掴んで地面に引き倒した。顔面から地面に突っ込み泥がいくらか口の中に入ってしまった。それを吐き出しながら顔を上げると、ミハエルは右腕でしっかりと盾を掲げ、腰を落としてどっしりと身構えていた。
「兄さん、来るぞ!」
「任せろ、たかが水にやられるかよ!」
 次の瞬間、ガノトトスは鎌首をもたげて凄まじい勢いで口から水を噴き出した。一直線に飛んだそれはミハエルの構えた盾に直撃し、飛散する。その水ブレスはかなりの突破力だったのだろう、あれほどしっかり身構えていたミハエルだったが、水圧に押し負けて少し後ずさる。それでも彼は体勢を崩す事無く踏みとどまり、何とかガノトトスの水流ブレスを受けきった。
「無事か坊や!」
 ミハエルは正面のガノトトスの方を見たまま問いかけてくる。無事である旨を伝えると、彼は死ぬなと言い残して浅瀬に飛び出したガノトトス目掛けて突進した。遅れを取る訳にはいかない、自分の目標はこの兄弟の鼻を明かすことである。
 大剣を背に掛けたまま走り、ガノトトスとの距離を一気に詰める。改めて近くで見ると凄まじく大きい、こんな生物が存在すると言う事実にすら疑いの念を抱かざるを得ない、まるで夢を見ているようだ。イャンクックとは比べ物にならない巨躯である。しかし、ここで怯む訳にはいかない、勝てないまでもせめて一太刀を。
「おい、坊や! 下がれ、下がれ! お前じゃ無理だ!」
「でやぁぁあぁぁぁあぁぁ!」
 走りながら剣の止め具を外し、腰でゴーレムブレイドを跳ね上げる。遠心力を利用して高く振り上げ、その勢いのまま加工された骨の塊を巨大な魚竜の体に叩きつけた。しかし、その体表もイャンクックとは比べ物にならない硬度で、父の形見の剣は呆気無く弾き返されてしまった。ガノトトスの長い首が巡り、丸い不気味な目がこちらの姿を捉える。
「おい坊や、逃げろ! やられるぞ!」
 そんな事を言われても剣が弾き返された衝撃が思いのほか大きく、すぐには次の行動に移れない。そんなこちらの窮状を知ってか知らずか、ガノトトスの腰が落ちる。その次の瞬間、凄まじい衝撃が全身を突き抜けた。転地が反転し、目まぐるしく風景が変わり続ける。再び全身を襲う衝撃、その後の景色は一定だったが、何故か自分は青い空を見上げていた。
「……ル! ……オル! ……丈夫か!?」
「……や! ……うや! ……事か!」
 何か人の声がするがよく聞き取れない、それどころか瞼が凄まじく重たい。意識を繋ぎ止め様と必至の抵抗を試みるが、次の瞬間体に追いついた痛みが凄まじく、戻って来た感覚が最初に感じたのは口の中一杯に広がる血の味だった。そこで、ようやく自分がガノトトスの攻撃を受けて酷く吹き飛ばされたのだと言う事を理解した。これは痛い、今まで体験した事がない激痛である……そこで心が折れ、意識を失う事を受け入れてしまった。



 ここは……どこだろう。横から光が差し込んでくると言う事は、野外ではないだろう。ベースキャンプのテントかとも思ったが、背中を包む柔らかい感触は。筏に積まれた粗末なベッドでは味わえない心地良さである。と言う事はベースキャンプでもない。薄目を開けてみれば、どこか見覚えのある風景だ。
「エオル、気がついたかい?」
 そして聞き覚えのある声が自分を呼ぶ。その声によって朦朧としていた意識が現世へと引きずり戻された。辺りを見回せば、細身で長身の男が椅子に腰掛けてこちらを眺めているのが見えた。覚えている、自分と共にガノトトス討伐クエストに赴いたハンターの一人、ラルフ・シュテーレンである。自分が寝ている場所も、気付けば自室の使い慣れたベッドの上であった。おかしい、自分はガノトトス討伐クエストに赴いていた筈だが、今までのは夢だったのだろうか。上体を起こそうとすると、ラルフが立ち上がってこちらを制止する。
「起きない方が良い、君の怪我は君が思うほど軽くは無い。ガノトトスの体当たりをまともに食らったんだ……医者の話では、肋骨が五本、左腕と右足の骨が折れている。動ける筈が無いんだ」
「そうっスか。獲物の方は?」
「今度こそ討ち取ったよ。まぁ、俺が君を担いでベースキャンプまで戻っていたから、その分時間はかかってしまったが。いつに無く兄さんが燃えてたからね」
 情けない……兄弟の鼻を明かすつもりが、逆に足を引っ張った挙句命まで救われるとは。これでは、村の良い物笑いの種である。こちらの心情を察したのか、ラルフは若干穏やかな調子で語りかけてくる。
「気にするなよ、誰も君を責めやしない。初めての飛竜戦だったんだ。生き残っただけでも十分だ」
「俺は、ハンターに向いてないんだろうか……」
「そんな事は無い、君の戦歴を聞いたが中々のものだった。それに、少しだが実践を見せてもらった……筋は良い。少なくとも、戦闘センスだけは並みのルーキーの枠を遥かに超えているよ」
 意外だった。この兄弟はもっと自分を過小評価していると思っていた。しかし、ラルフはその評価を述べた後、少し俯き加減で更に続けて言った。
「だが、それだけだ。君にはハンターとして最も大切な部分が備わっていない」
「最も大切な部分?」
「君はモンスターを憎んでいるね? そして、自然を軽視している……ハンターとしては最低の部類だ」
 どう言う事だろう。ハンターがモンスターを憎むのは当然ではないのか。憎しみ無くしてどうしてあの凶暴な生物と戦えるのだろう。人間の数十倍の体躯を誇り、人知を越えた能力を備えるモンスター。それと相対した時、人間は根源的な恐怖に襲われる。脚は萎え、腕は震え、全身から冷たい汗が噴き出す。それらの恐怖を克服するのが、怒りであり、憎しみである。では、それらを否定するこの男はどうやって戦いを支えると言うのだろうか。
「言っている意味が分からないな……」
「そうだろう。戦いを支える力に怨恨を求める君には一生分からないさ……そして、それが分からない君は、一生涯誇り高かった君の両親の様なハンターにはなれない」
 嘘だ。そう自分に言い聞かせても、どこか確信が持てない。彼に言われるまでも無い、それはハンターとしての第一歩を踏み出してから自分で持ち続けていた《違和感》だった。いつでも危険の真っ只中に飛び込み、村を救ってきた父。その姿に憧れたからこそ、自分はその後を継いだのだ。その父のようになれないとは、ハンターになってこの方一番言われたくない言葉だった。
「父のようにはなれない? いくら父を知っていようが、言って良い事と悪い事がありますよ」
「『あります』か……随分しおらしいじゃないか、薄々君も気付いているんじゃないのか? 自分がハンターとして間違った道を行っている事を。今ならまだ引き返せる、良い師の下で修行を積めば、君は必ずハンターとして大成する。ジェラードの様な男に、きっとなれるだろう」
「誰が俺を鍛えるんです? 貴方ですか?」
「俺じゃない。君は嫌だろうが……エオル、君を鍛えるのは俺の兄、ミハエルだ」
 冗談ではなかった、ラルフならともかく。あの男に教えを請えというのだろうか。頼まれても御免だった。文句ばかり言われるのは目に見えている、それならばもう少し建設的な意見が言える人間が良かった。ヤオザミの素材を剥ぎ取らなかっただけで殴りつけてくるくらいである、弟子を卒業する頃には顔の形が変わっているだろう。
「不服かい?」
「不服と言うか……あの人は苦手です」
「怖いのは分かる。俺も駆け出しの頃、よく兄さんに殴られたよ。だけど、兄さんは理不尽な事では殴らない、俺が殴られた時も必ず俺が悪かった。用も無いのにケルビを追いかけたり、アプトノスの幼竜を狩ろうとしたり……ハンターとしてやっちゃあいけない事をした時だけだったよ」
「べ、別に怖くなんか!」
 怖くなど無いと、ラルフの言葉を否定しようとしたが、彼は快活に笑って言った。
「まぁ、どっちにしろ君の怪我はすぐには治らない。考える時間はたっぷりあるよ。俺達も一仕事終わったし、しばらくは休暇のつもりでこの村にお邪魔してるから安心してくれ」
 そう言い残してラルフは部屋を出て行った。自宅に一人残されてみると、改めて自分の不甲斐無さが実感されて泣きそうになる。悔しいが、自分とあの兄弟の間には天と地ほどの実力の差があるようだ。その差が経験やセンスだけでない事も分かる。と言う事とは、やはりあの兄弟のどちらかに教えを受けなければならないのかも知れない。気は進まないが、父とも面識があった様なので、その考えに近いものを学べるかも知れない。



 骨は変にヒビが入るよりも、折れてしまった方が直りが早い。一ヶ月間の静養の後、エオルは復活した。損傷していた箇所に後遺症もなく、怪我をする前の状態に戻ったと言って差し支えなかった。エオルが療養している間、ミハエルとラルフは密林や湖沼地帯に足を伸ばすも、特にクエストは受けず、久々の休暇を満喫していた。ジャンボ村の変化は彼らを驚かせ、そして何よりも彼らに衝撃を与えたのは、ジャンボ村の有名鍛冶職人、オババが他界していた事だろう。普段気丈なミハエルでさえ、その事実を知った時は男泣きに泣き、その死を悼んでいた。
「そうか、あの頃はてんでペーペーだったお前がなぁ」
「お師匠は、体を悪くしてからも……変わらず俺に技術を叩き込んでくれてな。最初は皆、止めたんだ。勿論、俺もな? でも、お師匠はきっと、自分の先が長くないと知って、自分の仕事を最後まで遣り遂げたかったんだと思う。だからこそ、老骨に鞭打って俺を鍛えてくれたんだ。俺は、その気概に応えたかった、後悔はしてねぇ……」
「その通りだと思うよ。スミス、君はオババの思いに見事応えた。そして、今もジャンボ村の炉の炎を絶やしていない……立派だ」
 工房の下で語らいをしているのは、ミハエル、ラルフ兄弟と、稀代の名工オババの後を継ぐ名匠スミスである。スミスは孤児になった自分によく目を掛けてくれた。駆け出しには勿体無いハンターシリーズの防具を贈ってくれたのも彼である。彼もまた、シュテーレン兄弟とは知り合いだったようだ。自分の知らないジャンボ村の姿が、確かにそこには存在した。工房に向けて歩いていた自分の姿を認めたスミスが、いつも通りの気さくな調子で声を掛けてくる。
「おう、エオルじゃないか! もう怪我の方は良いのかい?」
「お陰様でね、全快だよ」
 彼には悪いが、今日この場を訪れたのは世間話をするためではない。そう、彼ら……シュテーレン兄弟の《申し出》に返答するためである。
「よう、ボウヤ。答えは出たかい? よもやこの一ヶ月、ただ寝てた訳じゃないだろう?」
「出ました。今日はその答えをお伝えに……」
「俺に敬語を使うようになったって事は、少なくとも悪い返事じゃなさそうだな」
 肯定である。やはり、自分に足りないもの……それを《理解》するには、この男の教えを受ける必要があるだろう。屈辱を受けるかもしれないが、このまま父の歩んだ道と違うくらいなら、それも甘んじて受ける事ができる。せいぜい教えてもらおうではないか、ハンターと言うものを。
「俺に……教えを。父のようなハンターになれるよう。お願いします」
 やっと搾り出した台詞だった。ミハエルに殴られた頬が痛むような気がした。彼は満足そうに笑うと、ラルフの方を振り返って言う。
「と言う訳だ、留守中ジャンボ村の事は任せたぞ」
「ああ、期待してもらおう。そっちこそ、ジェラードに恥ずかしくないよう、エオルを鍛えるんだぞ」
 兄弟はお互いの手を硬く握り合った。しかし、解せない事がある。『留守中』とはどう言う意味だろうか? 自分達が狩りに出ている間と言う事だろうか。こちらの疑問を察したのだろう、ミハエルが意味深な薄ら笑いと共に言った。
「お前は、俺と共に修行の旅に出る。見識を広めるには旅が一番だ! ただし、快適な旅になるとは思うなよ?」
 何と言う大胆な事を考えるのだろうかこの男は。自分は生まれてこの方、このジャンボ村を出た事など無い。一気に不安が襲い、自信も自尊心も何も無くなった空虚な心を埋め尽くす。その時点でいかに自分が子供だったかが早くも認識させられる。この男、相変わらず人をいたぶるのが上手い。
 旅立ちの朝、村中の人々が見送りに来てくれた。彼らの顔には一様に不安そうな表情が張り付いており。「無理をするな」「いつでも帰って来い」等の優しい言葉をかけてくれた。自分は彼らをモンスターから守っているのだと思っていた、彼らは自分に守られる弱い存在なのだと思っていた。しかし、本当のところはどうなのだろうか。両親を失い、独りぼっちになった自分をここまで育ててくれたのは、他でもない村衆である。もしかしたら、現実と言う脅威から自分を守ってくれていたのは、自分が守っていると驕っていた村の人々だったのかも知れない。
「ありがとう。でも、修行を完成するまでは帰らない……帰ってきた時はもっと立派になってるよ!」
 そう挨拶して、村と村衆に別れを告げる。徐々に小さくなってく村には、最後まで村衆たちの姿があった。彼らの応援に応えたい、そのためにはこの男の教えを受けるしかない。


 彼の言葉に偽りは無かった。修行の旅はどんなに優しく見ても『楽』とは言い難いものだった。旅の資金は現地調達、地方の村々を回っていくつかの依頼をこなし、物資の補給と武具の修繕を行いながらの旅である。少ない資金を浪費しないため、食料は自然から調達し、移動は必ず徒歩であった。平地や森林ならばまだ良い、岩山や砂漠を徒歩のみで移動するのは、なかなかに骨が折れる。特に砂漠は地獄だ、昼は放っておいても湯が沸くような熱気なのに、夜になると雪でも降るのではないかと言う寒さになる。ジャンボ村の穏やかな気候が懐かしい、自分が如何に世間を知らなかったかという気にさせられ、更に気分が落ち込む。
 しかし、落ち込んだこちらの気分など我関せずと言った調子で、ミハエルはどんどん先を進む。その足取りは、沼地だろうが、雪山だろうが、砂漠だろうが変わる事は無い。ここ数週間彼についていて気付いた事がいくつかある。彼は、進路上に大型のモンスターがいた場合、決して討ち取って進もうとはせず、モンスターがその場を離れるのを辛抱強く待つ。一度何故そんな面倒な事をするのかと聞いた事があるが、一言「無益な殺生はしない」と言うだけだった。しかし、自分はそれを嘘だと思っている。目の前に素材の塊であるモンスターがいるのに、それを倒さないハンターはいない。彼は、相方であるラルフがいないから、強力なモンスターに勝つ自信がないのだ。だから、そんな言い訳をして戦わないのだと思う。
 事実、ランポスの群れに襲われた時は、前のガノトトス戦の時とは打って変わって、群れの半数を討ち取る程の大立ち回りを見せた。小型の肉食竜が相手なら進んで戦うとは、全く卑怯な男だと思う。しかし、そう考えると辻褄の合わないことがいくつかはある。まず、彼の戦闘技能だが、厳しく見てもかなり高いと言わざるを得ない。これまで、旅の中で何度か飛竜と戦う事になったが、クエストで赴いた際は凄まじい膂力を発揮して討ち取り、村から村へ移動している最中に襲われた場合は、相手を殺さぬように加減しながら逃げる事も出来るほどの腕前である。それ程の男が、イャンクックやゲリョス相手に臆するのだろうか? あながち無益な殺生をしたくないと言うのも嘘ではないのかも知れない……しかし、それ程の実力があればモンスター共を根絶やしにする事もできるだろうに、何故そうしないのだろうか。そして、時折目にするのだが、彼は倒したモンスターの亡骸に対して祈っているようなのだ。それはランポスだろうが、アプトノスだろうが変わりは無い。その死を悼むくらいなら殺さなければ良いのに、ますます訳が分からない。
 ジャンボ村を出て三週間程経った。ジャンボ村から山脈沿いに西を目指して進んできたが、そろそろ冠雪した高山にも、背の低い植物が永遠に広がる平原の姿にも飽きて来た。もう数リーグ進めば北エルデ地方に入るとミハエルは言っていた。そして、何故か遠い目をした。不審に思って問い詰めれば、今はこの世に無い知人の出身地だと言う。彼にも、こんな普通の人間のような感性があったのかと思うと、少しおかしくなる。ミハエル自身は「俺はただの人間だ」と言っていたが、それを知ってからはその言葉にも頷けるような気がした。
「よし、この岩山を超えれば北エルデの玄関口、ン・ガンガだ」
 ミハエルは意気揚々と言ってのけるが、目の前に聳え立つ岩山は北方の名峰フラヒヤもかくやと言うほどの見事な立ち姿である。これを乗り越えるのは、口で言うほど易しくはなさそうだった。
「お前……フラヒヤ山脈を見た事あるのか?」
「い、いえ。無いですが……」
「フラヒヤもかくやたぁ、でけぇことを言うじゃないか。まぁ良い、ついて来い!」
 そう言ってミハエルはなだらかではあるが、ごつごつとしていつ崩落するか分からない岩肌を登り始めた。自分もそれに倣って岩肌に手を掛けて山を登り始めるが、流石にきつい背中のゴーレムブレイド改がズシリと来るが泣き言は言っていられない。自分はマイナーチェンジされた愛剣を担いでいるが、防具はそれ程重くないハンターシリーズである。対して、既にこちらに人数人分の距離の差をつけているミハエルは、全身ディアブロシリーズの鎧を着用し、同じく重量のある大槍と大盾、角槍ディアブロスを背中に担いでいるのだ。自分が遅れる言い訳は何も無い。
「畜生……化け物かよあのオッサン」
「聞こえてるぞ! 無駄口叩いてる暇があったら手を動かせ、そんなんじゃ登り切る頃には日が暮れてるな。夜になると火山活動が活発になる、胸いっぱいに火山ガスを吸い込んで肺腑をこんがり肉にしたくなきゃ、せいぜい頑張るんだな」
 黙るしかなかった。焦って登り、手を滑らせて転落死するのは御免だが、体の内側から焼かれて死ぬのはもっと御免だった。途中何度か、ミハエルによる心臓が底冷えするような励ましを受けながら、何とか岩山を登り切った。
「遅かったな……暇過ぎて死ぬかと思ったぜ」
 ミハエルはそう憎まれ口を叩きながらも、こちらに手を差し出してきた。強がる元気は残っていなかったので、大人しくその手を掴み、引き上げてもらう。彼は笑っていたが、その顔にこちらを馬鹿にするとか軽視するような表情は無かった。ミハエルはただ、快活な笑顔を浮かべ、山の向こうを指差す。そこには、岩ばかりだが、力強く生命力に溢れる世界が広がっていた。エルデ地方である。この距離からでも良く見える、北エルデ地方と南エルデ地方を分けるエルデ地方最大の活火山、ラティオ山。火口からもうもうと黒煙が噴き出して空を薄黒く染めている。不思議な気分だ、文明によって統制されていない風景に感動すると言う事はこれまで無かった。これがミハエルの言う、《自然の美しさ》なのだろうか。おかしなものである、彼と出会う前の自分なら《無秩序》の一言で一蹴していた事だろう。長い時間自然の中に身を置いた事で、自分の中に変化が起こっているだろうか。
「よし、今日はン・ガンガに泊まるぞ」
「久しぶりにベッドで寝れるって訳っスか」
「そう言う事だ。ここを無事に降りられたら……の話だがな?」
 そう言ってミハエルは下を指差す、それに釣られて下を見るべきではなかった。登るのが大変だったと言う事は、つまり下りるのも大変だと言う事である。ごつごつとした足場の悪い岩肌が、下までずっと続いている。ミハエルはさっさと下り始める。当然だ、山頂は空気が薄く息がしにくい。何だか喉に綿でも詰められたような不快な気分である。その上、山頂は冷える……如何に季節が温暖期でもその寒さは変わらない。一刻も早くこの場を離れたいと言う気持ちは良く分かった。


「どうした、随分疲れてるじゃないか?」
「どの口ですかねぇ、そんな事を言うのは……」
「ハハッ、それだけの減らず口が叩ければ問題ないな。着いたぞ、ン・ガンガだ」
 険しい岩山をやっとの思いで乗り越え、岩がごろごろと転がっている道を長い時間掛けて歩き、ようやくたどり着いた村の入り口で、ミハエルは笑いながら言った。師の性質の悪い冗談に辟易しながら、村の門へと歩いて行く。良い村だ、活気がある。流石は北エルデの玄関口と言った所だろう。旅人も多く訪れるのか、食事処や宿屋、酒場が林立している。とりあえず宿には困る事は無いと思われた。
 ミハエルに促されるまま歩き、村の東端にある小さな宿屋に着いた。そこは、見た目に反して意外にしっかりした造りで、みすぼらしい外見に似合わず、中身も小奇麗に整えられている。久しぶりの屋根の付いた宿泊場としては申し分なかった。ミハエルは、受付の女性と二、三言交わした後、二つの部屋のキーを受け取ってこちらに戻って来た。彼は一つのキーをこちらに投げて寄越すと、先に休むと言って自分の部屋へと向かうべく、階段へと歩いて行った。
「おぅい、センセー! 俺はどうすれば良いんだよ!?」
「好きにしろ、小遣いはあるだろ?」
 確かに、自分はミハエルから自由に使える金をいくらか貰っていた。しかも、その金額は小遣いと言うには大き過ぎる一万ゼニー……。もちろん旅の中でミハエルと共に稼いだ金ではあるので、一応相棒である自分にもそれを受け取る権利はある。だが、飛竜戦では自分はろくに力にもなれずミハエルに頼りっ放しだった。その自分がこんな金額を貰う謂れは無いし、分不相応と言う言葉が頭を過ぎって、自分が自分になけなしの自尊心の支払いを強要する。あの男は良く心得ている、鼻っ柱の強い未熟者を黙らせる良い方法を……そして、その未熟者とは、間違いなく自分だ。
 気分が乗らない、疲れも溜まっている。こう言う時は散歩に限る。酒でも飲まねばと言う言葉を吐くには、悔しいが自分は若すぎた。よく冷えたビールも、その肴も、自分にはまだ美味いと感じる事は出来なかった。散歩をしながら町並みを見てみれば、やはり良い町だ、老若男女問わず活き活きと自分の仕事に打ち込んでいる。土地柄や町の歴史を考えれば、酒場や宿屋が多いのは当たり前だ。しかし、スミスの師匠の故郷と言うだけあって、やはり鍛冶屋が多い、鍛冶屋の壁には見事な武器や鎧が飾ってあり、鍛冶技術の高さが伺える。
 町中を彷徨していると、いつの間にかとっぷりと日が暮れてしまっていた。元々この村に着いたのが夕刻であるから、それ程長い時間が経った訳ではない。しかし、暗くなればどんな活気のある村でも必ずボロが出るものである。厄介事に巻き込まれる前に宿に戻るべきだと思い、今来た道を急ぎ足で戻ってゆく。途中大きな酒場の前で、厄介ごとの種が姿を現した……つまり、酔っ払いだ。
「おうおうおう……シケた面してやがんなぁ兄ちゃん」
「ゲハハハ! 大方、ブルファンゴにでもケツを掘られたんだろうよぅ!」
「それともケルビに玉コロを蹴っ飛ばされたかな! ギャッハッハッハ!」
 案の定絡んできた。三人組の男、それぞれハイメタシリーズの防具で身を固めている所から見て兵士か、あるいはハンターかのどちらかだろう。王都に行けば、浮浪者でもこれよりは上品な言葉を使うだろう……と思う。とにかく、酔って人間の醜い部分を全開にさらけ出している男達は、野卑な笑い声をあげながら、安っぽい言葉でこちらを侮辱してくる。
「悪いが先を急いでるんだ」
 こう言う手合いは相手にしないのが一番だ、下手に相手にすれば更に厄介な状況に追い込まれる事は火を見るより明らか、赤ん坊でもそんな事は分かる。しかし、この対応がまずかったのか、三人の酔っ払いは激情を顕わにして掴みかかって来た。もう、何を言っているかは分からない、言葉は通じても話は通じない様だ。ミハエルからは喧嘩の仕方は習っていない、とにかく身を守らなくては。
「くぉら! クソガキャ!」
 恰幅の良い無精髭を生やした男が血走った目を見開いて殴りかかって来た。咄嗟に両腕で顔を守ったが、痛みは防御した腕とは別の所から走った。痛みと同時に強い吐き気がこみ上げてくる、殴られたのは腹だ。徐々に登ってくる痛みが、殴られた箇所を教えてくれる。教えてもらった所で何かが解決する訳ではないが、知らないよりはましである。今度は腹を守れば良いのだ。そう思って腕の守りを下げると、今度は顔面に良いパンチを貰ってしまった。痛くは無い……と言えば嘘になるが、ミハエルのそれに比べればどうと言う事は無い。が、口の中に鉄臭さが充満する、口の中が切れたな……歯が折れていないのが唯一の救いと言うべきか、師の良い具合に手加減されたパンチが懐かしい。
「生意気にゃガキぎゃ、思い知りゃ!」
 興奮して呂律が回っていない。だが、意外に足取りはしっかりしているのが納得行かない所である。顔面を思い切り殴られたもので、思わず尻餅をつく形でその場に転んでしまう。立ち上がろうとしたが、三人のハンターが上から蹴りつけてくるため、その度に地面に叩きつけられてそう言う訳にもいかない。モンスターと戦う事を想定した防具を着込んではいるが、同じモンスターと戦う事を想定として作られた脚甲着きの足に蹴られたのでは、ダメージも溜まってくる。
 痛い、一人の踵が頬に直撃した。そろそろ助けて欲しいが、この手合いは自分が疲れて動けなくならない限り、相手が死んでも手出しをやめようとはしない。助太刀は? ……期待出来そうに無い、これほどの村であるから独自の治安機構は存在するだろうが、いちいち酔っ払いの喧嘩にまで出向く程暇ではなかろう。野次馬も遠巻きにこちらを眺めているだけで、誰一人動いてくれる気配は無い。万事休す、死ぬ時はもっと安らかに死にたかったものだ。こんなごろつきに、しかも酔っ払いに蹴り殺されるとは考えもしなかった。
「うぎゃああああ!」
「何だテメェ! ぐはっ……」
「う、うわわわわ! ぎゃあ……」
 暴行が止んだ……遂に自分は死んだのか。英雄物語の主人公の様に悔いの無い人生とはいかなかった。志半ばで赴く自分に、父母は何と言うだろうか。きっと叱られるだろうが、それでも再び親に会えるのは嬉しい事だろう……。しかし、おかしな事もあるものだ。死んだと言うのに体中を苛む痛みは消えない、死んだ後も生前の痛みが引き継がれると言うのなら、何かのために命を懸けて死んでいった者達は浮かばれないなと思った。
「寝るには、まだちっと早い時間じゃねぇか?」
 聞き覚えのある声が上から降ってきたので、思わず顔を上げてしまう。すると、そこには成り行き上自分の師となった男、ミハエルの姿があった。彼は、呆れたように眉を吊り上げながらも、口元に笑顔を浮かべながらこちらに手を差し伸べてきた。その手を掴んで立ち上がると、辺りの状況が徐々に見えてきた。ハイメタシリーズを着込んだ男が三人、頬を押さえてその場にうずくまっている。なるほど、彼らも師の愛の鉄拳を食らったらしい、アレは怪我こそしないものの中々の威力があって困る。
「センセー、どうしてここに?」
「帰りが遅いんでな……何か厄介事に巻き込まれているんじゃあないかと思ってきてみたんだが。案の定テメェが『特殊な趣向』を持ち合わせた糞野郎みてぇにボコボコにされてるから助けてやったんじゃねぇか」
「そりゃ、どうも……」
 本当に人の自尊心を打ち砕くのが得意な男だ、最も人に見られたくない格好悪い場面を、最も見られてはいけない人間に見られてしまった。自分に残されたプライドの最後の一滴を蒸発させる一件だった。ミハエルはおかしそうに笑っていたが、こちらとしては笑い事ではなかった。そして、この騒ぎはもっと笑い事ではない事態に発展しつつある。
「このヤロー……何だテメェは?」
 流石によく鍛えられている、常人なら失神するである師の鉄拳を受けて尚、酒のせいもあるだろうよろよろと立ち上がる気概を見せる酔っ払い達。恨みがましい目でミハエルを睨みつけ、今にも殴りかかりそうな勢いで彼に食って掛かる。
「このボウヤの先生だ!」
 間の抜けた台詞を平気で言ってのけるこの男はやはり大物である。この調子は普段からのものだが、馬鹿にされたと思ったのだろう。三人の酔っ払いはミハエルに殴りかかった。やれやれといった様子で彼はため息を一つつくと、一番近い一人が振り抜いた右拳を左手で受け止め、そのまま相手の右手首を掴んでぐるりと捻る。ミハエルに手首を捻られた男は、嘘のようにその場に転げる。それを見た後の二人は一瞬怯む素振りを見せたが、出した手は引っ込められない、そのままの勢いでミハエルに組みかかるが、一人は投げ飛ばされ、一人は顔面にディアブロアームをつけたままの拳を打ち込まれてその場に崩れ落ちる。
「まぁ、この辺にしといてやるか……エオル、こいつらが起きねぇ内に宿に戻るぞ」
「え? は、はい!」
 もう逆らえる訳が無い。相手が酔っ払いとは言え、三対一の状況で勝ってしまう程喧嘩慣れしている男に、自分が抗し得る筈が無い。黙って付いて行くのが吉だと思う。自然と敬語になってしまい、怪訝な顔をされたが、黙ってミハエルに付いて宿へ戻った。
 翌日、誰かが自室のドアを破れんばかりに叩く音で目が覚めた。自分の名前を呼ぶ声がしたので、訪問者がミハエルだと言う事が分かる。分かってしまえば、どんなに体の節々が痛もうとも起きない訳にはいかない。師であるだけには留まらず、自分は彼に命の借りまで作ってしまったのだから。
「センセー? こんな朝早くに何のようです?」
「いつまで寝ぼけてる気だこの野郎! もう昼前だよ! ったく、たまに休みをやりゃ際限なく寝てやがって……まぁ良い、仕事だ。ちょっと厄介目のな」
 ミハエルに促されるまますぐに出自宅を整えると、宿を後にして村長の下へと赴く。
「おぉ、お待ちしておりましたぞ……ハンター殿」
「すまない、村長さん。弟子が寝ぼすけなものでね」
「す、すいませんでした……」
 体が勝手に謝ってしまう、この男には逆らうなと言っている様だ。そして、この村の村長は普通の人間らしかった。彼はミハエルにしたのであろう説明を、自分に向けてしてくれた。
「実は、昨日貴方を襲った男達はこの村に滞在しておったハンターでしてな。本当は今日、村外れの岩場の様子を見に行ってもらう事になっておったのですじゃ。じゃが、軽率にも貴方を襲い、このミハエル殿に返り討ちに遭った為、村を逃げ出してしもうた。代わりが見つからずに困っておったところ、今朝ミハエル殿が現れて代役を引き受けてくだすったのですじゃ」
「いつの間にそんな事を?」
「昨日の連中が気になってな……まぁ、半分は俺のせいでもある。責任は取らねばとらんと思って少し調べたんだが、連中がクエストを受注しながら土壇場でそれを解約して村を出たと聞いたもんで、多聞困ってるだろう村長殿を尋ねた訳だ」
 流石は歴戦のミハエル。伊達に歳を重ねている訳ではないらしい。彼は一見してその戦闘技術やハンターとしての知識に目が行きがちだが、状況を読み取りその都度正確な判断を下し、物事の二、三先を見通す先見性にもかなり目を見張るところがある。彼が名うてのハンターになれたのも、恐らくそう言う部分が影響しているのだろう。
 力が強く、モンスターを倒せるだけでは駄目だと言う事を思い知らされる。村衆は日々の生活に精一杯であるそこに不満について深く考える余裕は無い。故にハンターが代わりに不満を考えるのだ。彼らが求める素材を提供し、不足しているものを補う。彼らの脅威を取り払い、彼らの生活に安定をもたらす、それら民草の生活における要求に対して正確に応える力こそがハンターにとって最も必要な素養なのかも知れない。
「任せてもらおう村長殿。その仕事、俺達が変わって引き受けた」
 ミハエルが安受けあいした後、二人で昼食をとり。そのまま、徒歩で目的地へ赴く。そこは、まさに岩場と言った様相であり、灰色の岩がごろごろと転がっており足元が悪い。火山灰がここまで降り注いでいるらしく、岩だけに留まらずその場のあらゆる風景が灰色に染まっていた。火山活動の影響で、空もどこと無くどんよりとしている。しかし、気になったのはそんな事ではない、火山地帯がこの様な命の営みを感じさせない風景なのは、旅人や行商人に話しで聞いて知っている。それよりも……。
「やだねぇ……」
「何ですか、この臭いは?」
「分からないのか?」
「分からんです。でも、良い事が起こっているのではないと言う事は何となく……」
 ミハエルは無言で頷いた。と言う事は、つまり何か良くない事がこの辺りで起こっていると言うことである。この折角とった昼食を台無しにすべく胃をせり上げる臭いの原因がそれであると言う事は容易に想像がついた。それが何かまでは分からなかったが、この調子ならそれもすぐに分かりそうだった。
「じゃ、気をつけろ」
「モンスターですか?」
「いや……ゲロに」
 ミハエルの言葉の意図が読み取れず、聞き返そうと思っていた所。それまで通っていた細い通路を抜けて広い場所に出た。そこに広がっていた光景を見て、初めてミハエルの言葉の意味を理解することになった。これまでよりもより激しく胃がせり上がり、内容物を吐き出そうと暴れだす。意思の力で何とかそれを抑え込むと同時に、口元を押さえて物理的にもそれを防御する。
 凄惨……と言う以外には形容のし様が無い光景だった。死屍累々、鎧を身に着け、武器を持った死体がおよそ四十。存外に綺麗なものもあれば、四肢の殆どを失っているもの、既に腐敗が始まっているものなどが散在していた。よく見れば、死体が着ている鎧は二種類で統一されており、合戦の後であると言うことが分かる。
「死体を見たのは初めてか?」
「ええ、まぁ……」
「大丈夫か?」
「何とか……大丈夫ですけど、あんまり気分は良く無いっス」
「それは俺もだ、死体を見て気分の良い奴はいないさ」
 それはその通りである。とりあえず、村長が懸念した事はこの事だったのだろう。こう言う、どこの国家にも属さない地域では、その地方で有力な豪族が私兵集団を有して勢力を築いている場合もあり。異なる勢力同士の小競り合いが起こる事は日常茶飯事らしい。愚かな、人間同士争って何になると言うのだろう。凶暴で愚昧なランポスですら、仲間内で争うことは滅多に無い。仮に争うことがあったとしても、命を奪い合う様な事にはならない、そこには必ず加減が存在するのだ。
「お前、モンスターを悪と言ったな」
 ミハエルが言う。その言葉を肯定すると、彼は続けて言った。
「人間を正義だとも?」
 そのつもりである。いや、正しく言うならそのつもりだった……である。この光景を見るまでは。
「俺にはとてもそうは思えん。肉食竜や飛竜って言う、共通の脅威があるにも拘らず、こうして同じもの同士で殺しあう生物がそんなに上等かよ……。私利私欲のために自然を食い荒らし、資源を浪費する。意味も無く他の生物を脅かし、挙句それを当然の権利だと思い込む。そんな人間が上等と言えるのか……」
 言葉は無かった。今まで自分の信じてきた事柄が、足元から脆くも崩れ去るような感覚である。思えば、彼の言う通りだ。知能が発達し、文明を持ち始めてから、人間はお互いに殺しあう事を覚えた。竜人族から教わった技術や知識、自らが経験で編み出した技術や知識を、人間は誤った方向にしか使えていないかも知れない。少なくとも、言葉と言う意思疎通の道具を以ってしても、人間同士は分かり合うことが出来ていない……その証拠は目の前に幾らも転がっている。
「センセー……モンスターは、悪ではないのですか?」
「…………俺にとっては違うな。連中は時に俺達人間を脅かす存在になる。だが、それは生きるのに一生懸命だからだ。例え、目の前にモスがいてもアプトノスがいても人間がいても、腹が減っていなきゃランポスが襲い掛かることは無い。自然界には過剰な殺しは存在しないんだよ」
「俺は……間違っていたのかも知れません。まだ、認める事は出来ませんが……」
 嘘は言っていない。親を失ってからこの方、ずっと信じてきた、ある種自分の中では真実であったものを早々簡単にかなぐり捨てることは出来ない。ただし、それを盲目に信じ続けることも、もう自分には出来ない。価値観をひっくり返す圧倒的な衝撃、それだけの事実が今、自分の目の前には広がっているのだ。
「それが分かりゃ、取り合えず第一歩だな……少し隠れるぞ」
 そう言ってミハエルは岩陰に身を潜める。それに倣って自分もその近くの岩陰に身を潜め、じっとミハエルが待っているだろう時を待つ。しばらくして、上空からいくつかの黒い影が降りてきた。初めて見るモンスターだが、図鑑の挿絵でその姿を見た事がある。細長くつやつやとした黒と黄土色の身体に赤い禍々しい瞳、身体の割りに大きな翼を持った小型の飛竜、ガブラスである。
 ミハエルを見ると、彼もこちらを見て口元に人差し指を当てる。つまり、黙っていろ、静かにしていろと言うことだろう。彼に仕掛ける意思はないようだった。幸い、黙っていることは簡単だった、吐き気をこらえるために口元を押さえていれば嫌でも喋る事は出来ない。何故そんなことになったかと言うと、目の前で身の毛もよだつ食事会が開催されたからである。
(く……食ってる)
 死体の傍にそれぞれ着地したガブラスは、長い首をもたげて死体の肉がむき出しの部分に噛み付いた。そして、首をよじって肉を引きちぎると、そのままそれを飲み込んだ。彼らにとってはこれがご馳走なのだろうが、見せられている方は堪ったものではない。一応自分の同胞だったものが、他の生物の胃袋に治められていく光景は、それが例え既に命の無いものであったとしても、見ていて気分の良いものではない。胃の内容物が元来た道を後戻りしない事に心を砕く。そんなこちらの努力はどこ吹く風、ガブラス達は鎧の止め具を噛み切ると、邪魔な鉄の殻を取り去って本命の胴体へと食らいつく。この地獄の供宴はまだまだ続きそうだった。
「くぁ……腰が痛ぇ」
「まぁ、二、三時間は釘付けでしたからね」
 ガブラスが腹を満たしてその場を飛び去り、やっと岩陰から開放されたのは、張り込みを始めてからおよそ三時間程経った頃だった。結局余りの凄惨な光景に堪えかねて、一切合財胃の中身をその場にぶちまけてしまった。辺りに漂う死臭のお陰で嘔吐物の臭いは目立たなかったらしく、ガブラスに気付かれて厄介事に巻き込まれることは無かったのが不幸中の幸いである。ミハエルはそれを見て、特に咎めるでも、馬鹿にするでもなく、ただ笑っていた。この時ばかりは、この情けない状態を笑い飛ばしてくれた彼に感謝したい、下手に気遣われる方が余計に気が重くなる。
「なぁ、エオル」
「……何ですか?」
 まだ口の中が苦い。胃液の酸味が更に不快な気分を煽る。
「この死体、放っておいたらどうなると思う?」
「え? …………それはまぁ、その内自然に還るんじゃないんですかね?」
「あぁ、その通りだ。だが、風化を待っているんじゃあこの世は死体だらけになっちまう」
 彼にしては珍しく回りくどい物言いである。何か意味があるのだろうから、ここは焦らず、彼の言いたい様に言わせるべきであろう。ミハエルの次の言葉を待つ。
「スカベンジャー(腐肉食生物)……自然界には掃除屋がいる。自然から生まれ、死によって自然の環から外れた者を、もう一度自然に還す存在がな……そう言う連中は得てして忌み嫌われるもんだが、俺はそう言う連中こそがこの世界を支えていると思っている。お前はどう思う?」
 ミハエルには本当に驚かされる。ガブラスと言えば、合戦後や災害の後に残る犠牲者を狙って集団で姿を現すため、厄災の象徴として人々に忌み嫌われている。そのガブラスに対して、ここまで好意的な意見を持つものはハンターでも珍しいのではないだろうか。しかし、今となってはその言葉にも頷けてしまう自分がいる事に気付く。どうやら自分にとって、このミハエルと言う男は本当の意味での師になりつつあるらしい。
「ナンセンスだ……と言いたい所ですが。貴方と過ごした時間が長すぎたようですよ。俺も同じ考えです……この世に意味のない生命は無い、無下に失われて良い生命は無い。全ては環となり繋がっている。三週間前の自分ならこうは思えなかったでしょうが、今ならそう思えます」
 ミハエルは、自分の言葉を受けて満足そうな顔で頷いた。
「よく言った! よし、ここら一帯の調査を終わらせたら一端ン・ガンガへ戻ろう。話はそれからだ」
 話とは何の事だろうか。しかし、何かあるならば聞くべきである、自分がミハエルから学ぶべき事はまだまだ多い。一通り見て回ったが、足の踏み場も無いほどに死体とその四肢が散乱している事以外は、特に変わった事はなかった。調査を終えて村に戻ると、ミハエルは自分を伴ってまず村長の下へ赴く、調査結果を報告するためである。近くで豪族同士の小競り合いがあった事と、そ 戦場跡にガブラスが出現すると言う旨を報告し、今回の依頼は完遂された。
 昼過ぎにクエストに出発したので、村に戻った時は既に西の空が紅に染まっていた。その光景もまた、人間の文明によって加工され統制されてはいないが、今は美しいと思える。そんな感慨にふけった後、そのままミハエルと共に酒場に直行して夕食とする。アプトノスの厚切りステーキ棍棒ネギ添えを平らげて、蜂蜜入りケルビミルクを飲むと、一日の疲れも吹き飛ぶようであった。そして、食事が一段落付くと、おもむろにミハエルが語りだす。
「エオル、あの時俺が言ったことを覚えているか?」
「あの時? 何の話ですか?」
「覚えていないか……前にジャンボ村でガノトトスの討伐にお前を連れて行った時の話だ」
「え?」
 そう言えば、今と違ってモンスターに対する憎悪、自然物に対する嫌悪感しかなかった時分。命の処遇に関してミハエルと対立した事があったような気がする。その時、彼は自分にとって何か大事な事を口走った覚えがあるが、既に記憶が薄く、よく思い出せない。
「『お前はジェラードとメリッサの事を何も理解していない』と言うやつだ」
 あぁ、ここに至って記憶が鮮明に蘇って来る。あの時は確か、ランポスについてミハエルと意見が対立したのだ。無駄な狩は生態系に悪影響を与えると言う彼と、人間の生活を脅かすモンスターは一匹でも少ない方が良いと言う自分。今ならどちらが間違っていたか分かるが、その時分は自分も世界を知らなかったと言わざるを得ない。今まで命を懸けて守ってきた、人間と言う生物に殴られ、蹴られ、あわや殺されるかと思うくらいに痛めつけられて思い至った。自分が守ろうとしていたのは、こうも簡単に同胞を傷つけられるのかと……そして、人間は互いに恨みなど無くとも、権力や金によって互いに殺しあう愚かで野蛮な生き物だと言う事も今日知った。何も知らなかった、知ろうともしなかった自分が、父母の事を理解していないと言われても、それは無理からぬ事なのだろう。
「そう言えば、センセーは父や母の事をご存知なのですか?」
「よく知っているよ……ジャンボ村を興すために、必死になって働いた仲間だった。ジェラードもメリッサも優秀なハンターでな、時々チームを組んで狩りにも出かけた」
 そう言えばラルフも父母の事をよく知っている風だったが、父母とシュテーレン兄弟にこんな接点があったとは初耳であり、驚かされる。
「ジェラードは強く、賢く、純粋だった。優しくて、忍耐強く、美しかったメリッサは、そんなジェラードだから惹かれたんだろうな」
 そう言って、ミハエルはビールが空になったジョッキの縁を指で撫でた。彼はどこか遠い目をしており、若かりし頃の思い出にしばしの間浸っている様だった。そして、自嘲の笑みらしきものを浮かべると、顔を上げて続けた。
「お前にもその血はしっかりと流れているよ。ふふ……ジャンボ村が十分に興り、定住していたハンター達が次々と新たな土地を目指して村を離れて行く中、俺達はある約束をした。この先、誰かが子を生した時、その子がハンターになるなら……そしてもし、その誰かが我が子をハンターとして鍛える事が出来なくなったら、鍛える事が出来る誰かが鍛えるとな」
「では……」
「そうだ、俺はジェラードとメリッサの死を知っていた。そして、お前は小さかったから覚えてはいないだろうが、そのゴーレムブレイドとジェラードの鎧、そして奴の身体の一部を回収したのは俺だ。お前の後見人になろうかとも考えたんだが……村長や姐さんと相談して、一度村を離れる事にした。もしかしたら、お前はハンターにならないかも知れなかったからな。だが、お前はハンターになった……だから、俺もお前が十七になるのを待って戻って来たんだ。エオル、お前を鍛えるためにな」
 知らなかった。こちらの考えが漏れたのだろうか、ミハエルは知らないのが普通だと言っていたが。そんな事があるとは知らず、彼には本当に無礼を働いてしまった。父母が生きていれば、きっと彼のように自分を鍛えてくれただろうか。本当はハンターなどと言う危険な仕事には就かせたくないだろうが、彼らは生粋のハンター。それ以外の生き方は知らないだろうから。
「ありがとう……ございます……」
 もう堪える事は出来なかった、両目から暖かい水が止め処なく溢れる。それは頬を伝ってグリーヴの太もも部分の上に落ち、幾つかの斑点を描いた。この人に逢えて良かった。そして、自分の屈折した成長に呆れず、教えを授けてくれた事には感謝の言葉も無い。こちらはみっともなく大泣きしていると言うのに、穏やかな瞳と自信に満ち溢れた笑顔をたたえるだけとは。相変わらず、人の自尊心を決壊させるのが得意な男である。


 エオルとミハエルがジャンボ村を出て、北エルデ地方の玄関口であるン・ガンガ村で絆を深めてから。およそ、ふた月程の時が流れた。その間、彼らは相変わらずあての無い旅を続けていた。北エルデ地方から北上し、山脈を越えてドンドルマへ。ドンドルマからクルプティオス湿地帯をぐるりと囲む山脈沿いに進み、そこから南西のメタペタットへ。二人は現在、アルコリス地方にまで足を伸ばしていた。
 ミハエルに師事したエオルは、両親譲りの才能を開花させ、砂が水を吸い込むが如き勢いでミハエルの教えを吸収していった。既に、中型クラスの飛竜ならば彼の相手ではない。それなりに時間と準備は必要だが、ゲリョスやバサルモス、ドスガレオス相手に遅れを取る事は無い。そして、彼らの旅は、いよいよ佳境を迎えようとしていた。
「良いかエオル? 無理に女王様を討ち取る必要は無い、今回は急な依頼だった……強いて備えがある訳でもない。商隊が彼女の縄張りを通り抜けるまで時間を稼げば良いんだ」
「分かっています。もう、あんな怪我は御免ですからね……せいぜい、命を大事にさせてもらいますよ」
「よし、行くか」
 そう言ってミハエルは商隊を構成する一つの馬車(引いているのはアプトノスだが)から飛び降りた。自分のその後に続いて馬車から飛び出す。ミハエルは、商隊が発見されないに越した事は無いと言い、自ら密林の女王リオレイアの住処へと攻め込み、陽動を仕掛ける事を立案した。今回はその作戦に従ってリオレイアの巣を目指す。獣道を進み、大きな洞窟にたどり着いた。内部がうっすらと明るいので、どこからか光が入っている可能性が高い。得てしてそう言う洞穴には天井に大きな穴が空いている、飛竜が上空から進入できる環境があるということは、そこに巣がある可能性は大いにある。
 洞窟の大きな口の前で一端足を止め、中から死角になる壁に張り付いて耳を澄ます。風に混じってモンスターの鳴き声が聞こえる。二種類、これはランポスと、忘れもしないリオレイアのものである。元々その二種類のモンスターは共生することはないが、飛竜が留守の間にランポスがその巣を漁る光景はたまに見る事ができる。もちろん、巣の主である飛竜に見つかればくびり殺されるだろうが、狡猾なランポスがそう言う事態に陥る事は滅多に無い。しかし、鳴き声は止む事が無く、どうも騒ぎになっているように感じられた。
 向かいに隠れているミハエルの方を見る。彼は視線を察知したのかこちらを振り返り、ひとつ頷いた。洞窟の中に入ると言う事だろう、彼は掌を向けてこちらを制し、ゆっくりと洞窟の中に足を踏み入れて行った。僅かに見える手が「大丈夫だ、お前も入れ」と言う意味で動かされる。それを確認した後、自分もミハエルに倣ってゆっくりと洞窟の中に足を踏み入れた。
 洞窟の中は生暖かく、じっとりとした空気を漂わせていた。余り長居したくない、早く出て行きたいと思わせる雰囲気だが、そうも言っていられないので、どんどんと先へ進んでいくミハエルについて洞窟の奥へと入って行く。鳥竜種特有の甲高い鳴き声と、飛竜種独特の重く腹に響く咆哮が洞窟内にこだまする。それは徐々に大きくなってきており、自分達が何か厄介な事態に近付いているという事が実感される。
「エオル、止まれ……見てみろ」
 ミハエルは少し先が明るくなった所、多分広間へ出る口だろうと思われる道の切れ間で足を止め、その奥を指差す。足音を立てないよう気をつけながら歩み寄り、彼が指差す先を見てみると、そこには思いもよらない光景が広がっていた。
「あれは……何ですか?」
「リオレイアとランポスだろう?」
「そうでなく……何でリオレイアとランポスが喧嘩してるんですか? ランポスが敵う訳は無いでしょうに。連中、それが分からん程馬鹿じゃあないと思いますが?」
 そう、岩陰から広間を覗くと、そこでは雌火竜リオレイアと、青い体の肉食竜ランポスがお互いに鎬を削って戦っていたのである。どう贔屓目に見てもランポス達に勝ち目は無い。飛竜一頭とランポス十頭ではあるが、余りにも力の差がありすぎる、一頭、また一頭と数を減らしてゆくランポス。火球に焼かれ、リオレイアの鞭の様な尻尾で薙ぎ払われ、巨大な脚で踏み潰される。何故ランポスはこうも勝ち目の無い戦いを続けるのだろうか。その答えは、リオレイアの後ろにあった。
「アレは、ランポスの幼竜ですか?」
「そうだ。この場所はランポスにとっても、リオレイアにとっても営巣するには良い環境だったらしいな。巣と子を巡っての戦いだ、ランポスは我が子を守るため、リオレイアは我が子を産むため。互いに一歩も退けんと言う訳だな」
「このまま、ランポスが全滅したら……幼竜はどうなるんですか?」
「俺に言わせるのか? そりゃ、彼女にくびり殺されるか、餌が貰えずに餓死するかだろう」
「助けに行きます」
「駄目だ……あれこそが自然の摂理なんだ、無闇に介入する事は出来ん。それに、下手に俺達が出て行けば、あいつらの敵意は全部俺達に向くんだ。お前はランポスの波状攻撃をかわしながら、リオレイアの致命的な攻撃を避け切れるれるのか?」
 そんな事は到底出来るはずがない。ランポスに集中し過ぎれば、リオレイアの放つ火球で丸焦げにされるか、巨大な脚に踏み潰されてミンチになるかである。かと言って、リオレイアにばかり構っていると、後ろからランポスに飛び掛られるか、噛み付かれるか、とにかく無事では済まないだろう。手出しをする理由は無い。彼の言う通り、自然への介入である……これは。しかし、自分が一瞬でもランポスの群れを救おうと考えるとは、我ながら。
「変わったな、エオル……」
 ミハエルが言う。そう、自分は変わった。ミハエルとの旅の中で、屈折した正義感は払拭され、やっと自然と人間の調和を保つ存在、ハンターになれたような気がする。今更だが、母が死に目に放った言葉を思い出す。
「恨まないで……か」
 あのランポス達も、もしかしたら自分の父母と同じ気持ちなのかも知れない。敵う筈は無い、そんな事は分かっていても退けない時はある……自分の大切なものを守らなければならない時だ。自分の両親にとってそれは自分であり、ランポスにとってはあの幼竜なのだろう。
「すいません……外で見張ってても良いですか?」
「ああ、頼む」
 外で見張ると言うのは方便だ。本当は見ていられなくなっただけである。おかしな話である、あれほどモンスターが憎かったのに、あのランポスの群れに自分の親を重ねて見るとは。恐らくミハエルは自分の嘘を見抜いているだろう。が、彼はそれ以上は何も言わず。広間でずっと続く、戦いに向き直った。それを背に、自分は元来た道を戻って洞窟の入り口へと戻った。
 洞窟を出てしばらく、岩陰に腰掛けてぼうっと空を眺めていたが、やがてその空に一筋の赤い煙が昇っているのに気づいた。これは合図である、何のかと言えば、商隊がリオレイアの予測活動範囲から脱したと言うもののである。煙が拡散して殆どそれを確認できない事から、かなり高い位置の煙を見ていることになる。と言う事は、商隊もかなり遠くへ離れたと言う事だ。クエスト終了、依頼は成功である、が、何故だろう、すこぶる後味が悪い。ミハエルを呼びに戻ろうとした所、彼がのそりと洞窟から出来てた。
「あ、センセー。赤の狼煙です、クエスト完了です」
「了解だ、こっちも終わった。リオレイアは傷を癒すために休眠したよ……しばらく起きる事は無いだろう」
 と言う事はランポスは全滅、幼竜は殺されたか、餓死を待つ身という事である。ミハエルに促されるまま。商隊と合流すべく、狼煙の方向へと森林と言う名の緑の闘技場を歩いた。


 旅は更に進み、既に行程は折り返しに入っていた。メタペタットから南東に巨大な湖に沿って進み、辺境最大の交易都市ジォ・ワンドレオに赴く。そして、ジォ・ワンドレオから東へ沿岸沿いに進んで、再び北エルデ地方の玄関口、ン・ガンガへと足を伸ばす。しかし、今度はその北エルデ地方を更に南下し、二人は南エルデ地方へと進んだ。南下と簡単に言うが、北エルデと南エルデは、名峰ラティオ活火山によって隔たれており、通過するには火山活動や火山原生の生物の脅威を潜り抜けなければならず、それは容易な事ではなかった。
 それらの苦難を乗り越え、エオルとミハエルは遂に、近年地方の島々との交易によりは漁村から発達した港町トルシアにたどり着いた。まだまだ発展途上ではあるが、毎日多くの船が出入りする活気のある港町である。今回は海路を使ってジャンボ村に戻ろうと言う意図であるが。村への帰還をまで後一歩と言う所で、エオルとミハエルは思いもよらぬ足止めを食らっていた。
「船が出ないってのはどう言う訳だ?」
 ミハエルが少し語気を荒げて港の官吏に尋ねる。官吏は困った様に頭を掻くと、おずおずと言った調子で不機嫌な師の問いに答えた。
「それが……この近海は潮の流れが激しく、岩礁も多いため一端北エルデ方面の内湾へと沿岸沿いに抜けるのですが。その沿岸に位置する火山地帯に火竜が営巣しまして……既に二隻の商船が襲われ、多数の被害が出ているのです」
「では何故、誰も火竜の討伐に出ないのだ!」
「ハンターが居ないのです……火山は危険な場所でして、更に火竜は凶暴で強力な飛竜です、並みのハンターでは太刀打ちできません。そして、悪い事に交易が滞ってトルシアの経済は停滞しています、リオレウスと言う第一級の飛竜に対して満足な報酬も支払う事ができんのです」
 現在、トルシアのハンターズギルドが設置されている酒場のクエストボードには、トルシアのトレーダーギルドからの依頼状が貼り付けてある。火竜リオレウスの一頭の討伐、ヘルム火山、報酬金三千ゼニー。
「これじゃあ……な」
 飛竜戦の相場は流動的ではあるが、第一級の危険度を持つ飛竜、リオレウスやリオレイア、グラビモスやガノトトスについては、どんな依頼でも八千ゼニーは下らない。報酬金三千ゼニーとは、鳥竜種イャンクックの討伐依頼の報酬に色が着いた程度である。この報酬で危険な火山でのリオレウス討伐に赴こうと言う者があれば、それは余程の馬鹿かお人好しである。
「おい、エオル。これ、クエスト受注の半券だ」
「あ、すいません」
「何だよ。まだぶーたれてんのか?」
 その馬鹿かお人好しがこんな身近に居るとは驚きだった。一体どこで頭を打ったのか知らないが、ミハエルはリオレウス討伐依頼を受注するとその場で決定した。全く正気の沙汰とは思えない、我が師ながらほとほと酔狂な人間である。
「センセー、どう考えても割に合いません。相手はあのリオレウスですよ? たかだか三千ゼニーで命を懸けるには、でか過ぎる相手です」
「ふぅん、お前もだんだんハンターらしくなってきたな」
 師は呑気に言ってのける。この人に危機感はないのだろうか? 今となっては自分の成長を喜ぶ前に、自らの決断を少しは危ぶんで欲しいものである。
「何故です? これで死んでは、世間の物笑いの種ですよ?」
「分からなくても良い。俺とお前では立場が違う……巻き込んですまないとは思うが、今はラルフがいないんだからしょうがないだろぅ」
 立場……とはどう言う意味だろうか。師と弟子と言う意味においては、確かに自分とミハエルには立場の違いが存在するが、それを指しているとは考えにくかった。経験の差、年齢を鼻にかけるタイプでないという事はこの二ヶ月で分かっている。
「ノブレス・オブリージュ」
「何だって? いや、何です?」
「『高貴なる者の義務』と言う意味だ。お前には言っていないが……俺の家は旧シュレイド王国の時代からの武家でな、今でもそれなりの規模と勢力を誇ってる。ま、地方の一豪族だけどな」
 なるほど、だからこんな酔狂な事を。確かに、元貴族で今も後援があるのならば、報酬の事は考えずにクエストを選ぶ事が出来るだろう。しかし待てよ、それならば一体……。
「一体何故貴方はハンターをやってるんです?」
「良い質問だな弟子よ。だが、それはお前がもう少し歳を取って見ねば分からんだろうさ」
 そうかも知れない、少なくとも生活のためにハンターをしている自分にはまだ分からないだろう。
「よし、準備出来次第ヘルム山へ向かうぞ」
「了解」
 トルシア北、二リーグの地点に位置する活火山、ヘルム。ラティオ活火山程ではないが、かなり大きな火山であり、産出されるレアメタルの質も高い。エルデ湾の沿岸に位置するため、噴火する度に徐々に陸地が増えると言う特徴もある。今回、リオレウスが営巣したのはこの火山の麓である、余り熱気の渦巻くエリアでは戦いたくないものだ。火山の熱気は、それに適応していない人間の体力を容赦なく奪ってゆく、火や熱に対して高い耐性を持つ甲殻で全身を覆った火竜とでは圧倒的に人間の方が不利となる。
 幸い、リオレウスとはすぐに遭遇できた、それも熱気渦巻く火山のお膝元ではなく。麓から少し離れた、火山の王の巣でである。彼は、どこかで狩って来たのであろうアプケロスを召し上がっている最中であった。食事に夢中で王はこちらに気付いていない、仕掛けるには絶好のタイミングだと言えるだろう。
「行きます!」
「了解だ、ケツは持ってやる、安心して突っ込んで来い」
 ミハエルに頷き返して、一息に物陰を飛び出す。大剣を背負ったまま全速力で食事中のリオレウスまでの最短距離を走り、間合いに入った所で腰を屈め反動をつけて大剣を跳ね上げると、その反動の勢いを利用してゴーレムブレイド改を大上段に構え、リオレウスの尻尾目掛けて振り下ろす。会心の手応えと共に、リオレウスの尻尾が千切れ飛んだ。リオレウスが攻撃されている事に気付き、こちらを向きそうになった所で、王の巣一帯に高らかと角笛の音色が響き渡る。ミハエルの角笛である、モンスターに恐怖と怒りを、ハンターに希望と勇気を与える音色である。
「こっちだ、リオレウス!」
 リオレウスの首が巡り、青い瞳が一人の人間を捉える。そこには砂漠に原生する双角飛竜ディアブロスの甲殻や角を惜しみなく用いて製造される防具、ディアブロシリーズの鎧で全身を包んだ男が、ヘルムの隙間から僅かに覗く瞳に闘志をたぎらせ、大槍と大盾一対の武具、角槍ディアブロスを構えて仁王立ちしていた。
 それを敵と認識したリオレウスは唸り声を上げ、地面を揺らしながら両足で地面を蹴って男に突進する。すると、男の方も怯むことなくディアブロスの背甲から作られた大盾を構え、真正面から火竜の突進を受け止めた。しかし、人間と飛竜である、その力の差は火を見るよりも明らかであり、真正面から火竜の全身を使った突進を受け止めたミハエルは、グリーヴを地面に食い込ませて踏みとどまろうとするが、ずるずると大地を削りながら後方へ押し戻された。
「ぬぅうぅぅぅうぉぉおぉおおぉぉ!」
 だが、ミハエルはとても齢四十二とは思えない膂力を発揮し、少し押し戻された所でその体を安定させる。火山に君臨する王者、飛竜の中の飛竜であるリオレウスも流石に怯んだようで、火球を吐き出しながら翼を羽ばたかせて後方に飛び去り、ミハエルとの距離を置く。賢明な判断だろう、いかに飛竜が人間の数倍の体躯と筋力、体力を持ち、人間の持ち得ない飛行能力と火球ブレスを有していようとも、足りない部分を知能でカバーし、単身モンスターとも渡り合う技術を備えた人間……ミハエルが相手では、慎重を期するに越した事はない。
 が、その慎重さが今回は仇となる。ミハエルは十分に時間を稼いでくれた、そう……自分がリオレウスの後方に忍び寄り、大型飛竜を陥れる罠、落とし穴を仕掛ける時間をである。リオレウスの右足が地面に触れ、左足も地面に触れた。火竜の全体重が地面にかかった瞬間、その体の半分が地面に埋まり込んだ。作戦は成功、リオレウスの動きを封じる事に成功した。
「ぃよぉぉぉくやったぁ!」
 珍しく興奮気味なミハエルは、隙を突いて落とし穴を仕掛けただけの自分に賛辞を贈ってくる。興奮気味で良く聞き取れなかったが、多分賛辞だろうと思う。しかし、深く考えている時間は自分にはない。一秒でも無駄にしないため体を一回転させ、ゴーレムブレイド改を横薙ぎに振り回し、遠心力を利用してリオレウスに投げつける。上手い具合に大剣は空を斬って飛び、リオレウスの背中に当たって甲高い音を立てて弾かれた後、地面に転がった。無論これが有効打になっているとは思っていない。大剣と言う武器は重量とリーチのせいで保持したまま素早く動く事ができない、こうすれば後は身一つでリオレウスに駆け寄り、剣を拾って攻撃すれば良いだけである。
 ひゅう、とミハエルの口笛の音が、リオレウスの叫び声に混じって聞こえた。驚いてくれているようで何よりである、これで今まで負け続けてきた分を少しは返せただろうか。そんな事はこの際どうでも良い、すぐにリオレウスの傍に駆け寄ると、ゴーレムブレイド改を拾い上げ、再び体の回転を利用して横一文字に振り抜く。重い竜骨製の大剣は、リオレウスの甲殻と弾け合い、王の鎧を一部吹き飛ばした。その後も休む事無く剣を縦横に振り続け、リオレウスの甲殻を削り取ってゆく。向かいでは恐らくミハエルがディアブロスの角と見紛う程の立派な大槍で、リオレウスの体を風通し良くしてやっているのだろう。競争でもないが、何となく負けていられないと思い、呼吸を止めて大剣で殴りつけるようにリオレウスを攻撃する。
「そろそろ抜け出されるぞ、手筈通りに逃げるぞ!」
「了解、全力で逃げさせてもらいますよ」
 ミハエルが言ってからすぐ、リオレウスは落とし穴の呪縛から解き放たれた。翼を羽ばたかせ、辺りに強風を巻き起こしながら中空に脱出する。彼が着地する前に、大剣を背中に担ぐと、脱兎の如くある地点を目指してこちらも逃走する。いつの間に逃げたと言わざるを得ない、ミハエルは既に事前に打ち合わせた地点まで逃げ切っている、本当に要領の良い男である。要領の良い男は、早く来いと言わんばかりに大げさな身振りで手招きしてくる。
「上手くいくんでしょうねぇっ!」
「馬鹿ヤロー! 誰に向かって物を言ってやがる!」
 まぁ、彼に任せておけば十中八九は大丈夫であろう。徐々に目標地点が近付いてくる、と同時に地面から感じる振動と怒りを孕んだ咆哮によって、後ろから火山の王が迫ってきている事が分かる。残りはほんの僅かな距離、ここまで来て踏み潰されるのは御免だ。折角名実共にハンターになれたのである、ミンチになるのはまだ早い。現在目標地点の真上、ミハエルの性質の悪い仕掛けが施してあるため冷や汗を掻きながら、その上を駆け抜ける。その先には槍を地面に置き、盾をしっかりと構えたミハエルがいた。彼の方へまっすぐ突進し、寸前で盾ごとミハエルを飛び越えて全身を地面に打ちつけながら着地する。
「タッチダウンだ!」
 次の瞬間、リオレウスの胴体は再び地面に埋まり込む。この短期間に二度も落とし穴にはまるとは、随分周りが見えていない飛竜である。しかし、それは無理からぬ事であろう……そう言う風に仕込んだのだから、わざと怒らせて冷静さを奪う。普段なら発見されてしまうようなものも、見つからなくなる。怒った飛竜は手は付けられないが、陥れるのは簡単と言うのはミハエルの言葉である。彼は、落とし穴に落ちたリオレウスに向けて紐を引いて導火線に火をつけた小タル爆弾を転がす。数秒後、小さな爆音がしたかと思うと、天を揺るがす大爆発が巻き起こる。辺りにもうもうと黒煙が巻き起こり、こちらの視界を奪った。
「唸り声……止みましたね」
「あぁ、終わった様だな」
「全く、いくら手持ちの道具が少ないからって……火薬岩を武器に使うなんて聞いた事がありませんよ」
「常識に囚われていては、いつかやられる。そう言うお前こそ、大剣をぶん投げて持ち歩く手間を省くなんてのは聞いた事もないぞ、突拍子も無い事を考えやがって。もっと武器を大事にしろい」
「気をつけますよ。あ、煙が晴れてきましたよ」
 煙が晴れてリオレウスの姿が顕わになる。上半身には特に変わった様子は無いが、下半身は落とし穴の中に隠されていた火薬岩の一斉爆発により上半身と離れ離れになっていた。なるほど、流石のリオレウスも胴体が二つにわかれては生きてはいられないだろう。しかし、兵器の素材になるとは聞いていたが、よもや火薬岩にこれほどの威力があるとは知らなかった。覚えておく事にしよう、余り真似したくは無いがどこかで役に立つ事もあろう。
「そう言えば……リオレウスを倒したのは初めてだな」
 ミハエルの助けを借り、彼の機知があればこそだったが。自分は第一級の強さを誇る飛竜、リオレウスの討伐に成功したのだ。
「ようやく、一人前ってトコかな……」
「いえ、センセーの助けがあればこそです!」
「それが認められるようになったって事も含めてだ。さぁ、命を無駄にするな……この素材でお前の剣も更に強化される。こいつの命は、お前の剣に宿って生き続けるんだ」
 そうかも知れない。生物が、他の生物の命を貰って生きる様に。ハンターによってやむを得ず倒されたモンスターは、ハンターの魂である武器にその命を宿して生き続けるのかも知れない。もしかしたら、人間の体の良い自己弁護かも知れないが。生きるために戦う事が必要悪ならば、そのくらいの自己弁護をしても罰は当たらないような気がした。


 エオルとミハエルは火山に営巣したリオレウスを討伐し、トルシアからジャンボ村への航路を解放した。クエストの報酬金はゲリョス討伐のそれと同程度と言う燦燦たるものであったが、その代わりに彼らはトルシア、ジャンボ間の船代が浮かせる事が出来た。トルシアのトレーダーギルドの便宜で、報酬の代わりとして無料で船に乗せてもらえる事になったのである。彼らの旅はこの航路を持って終了する。商船に乗ってトルシア港を出れば、後はジャンボ村まで一日とかからない。翌日に控えた帰省の前に、二人はトルシアで最も大きな酒場で狩りの疲れを癒していた。
「遂にジャンボ村に帰るわけですね」
「あぁそうだ。長いようで短い三ヶ月だったな」
「多くの事を学びました、ハンターとしての技能、知識、心構え」
「最初はどうなる事かと思った、お前がジェラードのガキじゃなかったら、飛竜の餌にしてる所だ」
 もし、自分の内面に変化が見られなかったら。この男は本当にそれを実行していただろう。
「さぁ、今日は俺のおごりだぜ。好きなだけ食うが良い!」
「気持ち悪い……」
「何か言ったか?」
「何も……」



 ジャンボ村に温暖期が訪れてから一ヶ月、エオルとミハエルが修行のたびに出てから三ヶ月の時が流れていた。村の近海にガノトトスが現れ、シュテーレン兄弟とエオルがそれを討伐してから。村には再び平穏が訪れ、その情勢も安定していた。エオルが旅に出ると、村に常駐するハンターが居なくなってしまうので、代わりに留守を守っていたラルフだったが。余りにも事件が起こらないので、すっかり力を持て余していた。そして、彼は兄と違ってまじめである為、持て余した力を女遊びに費やすような事もしない。クエストを受けた訳でもないのに村近郊の密林に出かけては、常に異常が無いかを警戒していた。
 そして、ある日ラルフは発見してしまった……。何をかと言えば、異常を、である。
「リオレイアか? ……それにしちゃ妙だな。光の具合ではなさそうだが」
 双眼鏡の異常でもない様に思えた。途方も無く長い時間をかけて水が侵食して形成された鍾乳洞の中で休眠する火竜の雌、リオレイアは、普段の植物の色を写した様な緑色ではなく、美しい花のような桃色の体色をしていた。目の病気かとも考えたが、そのリオレイア以外のものは全て正常な色で見える。
「噂に聞く亜種って奴か……厄介な時に厄介な奴が」
 十六の時にハンターになってから二十四年間ハンター家業を続けているが、未だかつて学者が亜種と呼ぶ部類のモンスターとは戦った事が無い。何もかもが未知数のモンスター相手に一人で挑める程、自分は才能に恵まれていない。今はポッケ村に移ったらしいが、あの何とか言う片手剣使いのボウヤなら挑んだだろうが。
「俺は、彼じゃない……」
 冒険は御免だった。今、ジャンボ村には流れのハンターが五、六人はいるが。一番上でバサルシリーズの男なので、恐らく通常の個体より何らかの違いがあるであろうあのリオレイアを相手にするには心もとない。そもそも、流れ者のハンターが自分の狩猟スタイルを理解してくれるだろうか。いや、多分無理だろう。このスタイルは兄と共に十年間の修練の末、身に付けたものである。その場限りの連携では各個に縊り殺されて幼竜の胃袋に収まるのが関の山だろう。
「無理だ、あの連中じゃあ。兄さん……エオル、早く帰ってきてくれよ」
 密林で可能な限りリオレイア亜種の観察を続け、彼女が目覚めて動き出した頃に村へと戻った。村長代理にその旨を報告すると、妖艶な竜人族の女性は途端表情を曇らせる。元ギルドの古龍観測所に所属していた彼女の頭を悩ませるのである、やはり件のリオレイアは村にとってかなり深刻な脅威である事は間違いなさそうだった。
 翌日から、密林でのリオレイア亜種の討伐依頼が、酒場のクエストボードに貼り出された。一人の命知らずが意気揚々と出かけていったが、彼はクエストの期限になっても戻らなかった。そして後日、別のハンターが密林から戻った時、その命知らずが愛用していた兜と剣を拾って戻って来た。彼は命知らずだったが、凡庸ではない。辺境でもそれなりに名の通ったハンターだったと思う。
「やめとけよ、お前さんらの敵う相手じゃない……」
 今もまた三人組みのハンターが、件のリオレイアを討伐すべく密林に赴こうとしていた。クックシリーズの男、ハイメタシリーズの女、タロスシリーズの男のパーティで、それぞれ大剣、片手剣、ヘヴィボウガンと言う陣容で、バランスは悪くない。が、バランスが良いから狩りが成功するわけでもない。
「そう言うあんたは、酒場から動こうとしないんだな?」
「図体がでけぇだけの腰抜けが、俺達を馬鹿にするのか!」
「情けない男……」
 当然彼らはこちらの諫言には耳を貸さず、彼らは死地へと赴いてゆく。別に彼らを侮辱する訳ではない……だが、既に最初の一人を含めて四パーティが彼女の討伐に赴き、帰って来なかったのだ。見た目に彼らと同程度の力を持つであろうハンター達が……である。
 ジャンボ村は大きく成長したため、人員の入れ代わりが活発である。故に、次々と新しいハンターがやってくるし、滞在していたハンターが村を離れて行くこともある。だから、事情を知らないハンターもやってくるし、何人かのハンターが命を落とした所で彼らの知り合いが居るわけでもない。パティが少し表情を曇らせ、村のはずれで勇敢な戦士の遺体か代わりのわら人形が焼かれるだけだけである。
「所詮人間には、自分の出来る範囲の事しか出来んのだ……」



 南エルデ地方もそれなりに暑かったが、ジャンボ村のそれに比べれば大した事はなかった。ミハエル曰く、同じ暑いにしても、空気中にどれだけ水が含まれているかで、その性質が変わるらしい。南エルデ地方は、空気が乾燥している、ただでさえ活火山が多いのに、空気が乾燥していると言う事もあって山火事が起こりやすい。が、不快な暑さでは無い。ジャンボ村の暑さはその逆だ、空気が湿っていて山火事などと言う事は滅多に無いが、熱気が体に纏わり付く様な不快感に襲われる。しかし、今となってはこの不快な暑さにすら懐かしさを感じる。
「帰ってきた……ジャンボ村に」
 三ヶ月と一週間にも及ぶ旅路を追え、やっと故郷の地を踏むことができた。相変わらずジャンボ村は晴天、南西の空に巨大な雲が見える、今日の夕方くらいにスコールが来そうだが、それもまた懐かしく思えてしまうのが不思議だ。初めて体感する《故郷の帰る》と言う事、これ程の高揚感を感じれるものなら、またいつか旅に出てみたいものだ。
「ぼさっとすんなよ? 後がつかえるぞ」
 ミハエルに呼びかけられ我に返って、船着場を進み村の広場へ出た。見るもの全てが懐かしい、野ざらしの酒場も、一年中休まず回り続ける水車も、活気のある鍛冶場も、何も変わっていない。それはそうだ、結局三ヶ月、ワンシーズンも経っていない。いや、正確には繁殖期の中期に旅立ったから、温暖期にまたがってはいるのだが。それは細かい事である。
「懐かしいか?」
「ええ、まぁ……」
「俺もさ。ここは、俺の第二の故郷だからな」
 最後までこの男はよく分からなかった。飄々としているようで、時に厳格であり、時にいい加減であるが、凄まじい膂力を発揮して飛竜に襲い掛かったかと思えば、悪魔も舌を巻くような策略で強力なモンスターを罠に陥れる。自由で、掴み所が無く、それでいて気高かった。
「兄さん! エオル!」
「ラルフか、留守中、変わったことは無かったか?」
 村の奥から長身の男が歩み寄って、自分とミハエルの名を呼んだ。ミハエルは嬉しそうに笑うと、彼の手を取って再会を喜ぶ。しかし、長身の男、ラルフの表情は暗く、ミハエルに対しても無理に笑っている感じが拭えなかった。その違和感をミハエルも察知し、神妙な面持ちで彼に問いかける。
「何かあったのか?」
「あぁ、それもかなり事態は切迫してるんだ……」
「ここじゃナンです、俺の家へ」
 深刻な話なら、立ち話では色々と面倒な事になりかねない。とりあえずミハエルとラルフを自室に招き、ラルフから事の次第を説明してもらう事にした。
「ほんの一週間前だ。俺が密林のパトロールに出た時なんだが、桃色の甲殻を持つリオレイアを見た」
 桃色の甲殻とはどう言うことだろう。リオレイアの体色は緑、リオレウスと違い、地上で活動する事に特化して進化したリオレイアは植物と同化しやすいように長い進化の歴史の中で体色を変化させたと言われている。事実、密林や森林の中ではリオレイアの姿を見つけることは難しい。しかし、そのリオレイアの甲殻が桃色になると言う話は聞いた事が無い。ラルフの見間違いではないのだろうか。
「亜種……か」
 ミハエルは顎に手を当てながら唸った。自分は初めて聞く単語である。
「亜種って何です?」
「亜種は、亜種だろ」
「相変わらずの意地の悪さですね、センセー?」
「冗談だ、亜種と言うのは……まぁ、話半分に聞けや。俺も、ドンドルマの学者に聞いただけだから、ありのままを話すぞ? モンスターの中には、甲殻の色や目の色、何かを決めるものが体に備わっているらしい。俺達で言う髪や目の色、肌の色みたいなもんだな。時折、モンスターの中にそう言う要素に異常がある固体が生まれる。それが亜種だ、まだそれ程報告例はないが。存外生まれる確立ってのは大きいらしいから、そいつらが子孫を残せば更に増える可能性もある。んで、その亜種って奴らは、普通の個体よりも強靭な場合が多いらしい、何でかはまだ分かってないがなあ」
 把握した、初めから大人しく話してくれれば良いものを。本当にこの男は意地が悪い。
「それで、そのリオレイアの亜種って奴が密林にいるって言うんですか?」
「その通りなんだ。既に四組のパーティが討伐に失敗して、戻ってきていない」
 心臓が跳ねる。余程特殊なケースを除き、一つのクエストがそこまでの回数失敗する事は無い。特に単純な討伐依頼になれば、一度誰かが失敗すれば、更に上の力を持つ誰かがそれを成功させるという形で、殆どの依頼は消えて行く。しかし、それが四組ともなれば、相当相手は手強いのだろう。
「そして、悪い事に、一日前に出て行ったパーティが戻らない。クエストの期限までは後十三時間しか残っていないんだが、撤退しているなら既に村に付いている頃だし……」
「ギリギリまで戦っているという可能性は?」
 ミハエルが問う。ラルフはその言葉を肯定するように頷いた。
「その可能性はもちろんある。だから後十五時間は待つ事にする。それでも戻らない時は、二人には悪いけど俺と一緒に密林に出てくれ」
 異論は無い、それ程に強力な飛竜がジャンボ村周辺の密林に営巣しているという事実は捨て置けない。そのリオレイアがジャンボ村を襲わないと言う保障はなく、万が一襲われた場合は村人を守りながらリオレイアを相手にする事は殆ど不可能と言っても差し支えなかった。
「オーケー、任されよう。丁度エオルも使い物になった所だ、故郷の土地への慣熟訓練といこうぜ」
 残念ながら、ラルフの言葉は現実となった。件の密林までは片道一時間程度、行き帰りを考慮しても二時間で事足りる筈である。五つ目のパーティがリオレイア亜種の討伐に赴いてから、五十二時間が経過した。移動時間とクエストの制限時間を加味して、彼らはクエスト失敗MIAと判断される。その方が寄せられてから、準備していた荷物を担いで酒場に向かうが、そこには既に出発準備を終えたミハエルとラルフの姿があった。
「おぅ、早かったな」
 自分が早かったと言うのなら、ミハエルとラルフは一体どうなるのだろう。
「では、出発しよう。何度も何度も刺激されて、あちらさんもいい加減頭にきてるだろう。村に攻めてくる前に何としても、追い払うか、討ち取るかしなくてはな」
 村長代理、スミス、パティ、親方に見送られながらジャンボ村を再び後にする。帰ってきてすぐにこのクエストに巻き込まれたので、彼らとゆっくり再会を喜ぶ暇も無かったが、今回は三ヶ月も旅に出る訳ではない。見事リオレイア亜種を討ち取る事が出来れば、すぐにでも村に戻る事ができる。そうなればゆっくり話すことも出来るだろう、この三ヶ月で自分がどれほど成長したかを見せる事が出来るだろう。ならばこそ、今は正面の危難に集中すべきである、余計な事を考え過ぎては落とさなくとも良い命を落とす羽目になる。
「なかなか似合ってるじゃないか?」
「少し、軽くなりました……」
 何の事かと言えば、背中の大剣である。トルシアを出る前に急ぎで改修して貰ったのだ、竜骨製だったゴーレムブレイド改の刃を、リオレウスの甲殻を薬品で加工したものに取り替えたのである。北方の伝承にある英雄の名から取ってジークムントと名付けられたこの大剣は、火竜の燃え盛る闘志を宿したような赤色の刀身をしていた。これならば、リオレイアだろうが何だろうが膾切りにも出来そうな気がする。
 そんな他愛の無い話をしながら、小一時間ほど歩く。アプトノスに荷物を引かせているのでそれ程の速度は出ないが、特にトラブルも無く進んで、無事に目標の密林にたどり着いた。この名も無き密林をずっと進めば、テロス密林にも行くことが出来る。ジャンボ村周辺の密林は、地域によってその植生こそ若干の差異があるものの、全て繋がっている。この広大な密林だからこそ、多種多様な生物が縄張りを分け合って息づいているのである。
「よし、ここにキャンプを張ろう」
 ラルフが言う。そこは、周囲を隆起した地面に囲まれており。飛竜が降り立つスペースも無い上、入り口がツタの葉によって隠される形となっているため、ランポスなどにも見つかり難い様になっていた。キャンプを張るには最適とも言って良い場所だった。ラルフとミハエルは、すぐにアプトノスから資材を下ろすと、ベースキャンプの設営に取り掛かる。自分も手伝おうとしたが、ミハエルがそれを制してこちらに命令を与える。
「エオル、今回はお前が斥候だ。俺達が急ぎでキャンプを立てる間に、リオレイアの捜索を頼む」
 体が震えた。その様な大役を師から命じられるとは思いもよらなかったからだ。困惑する自分を見て、ミハエルは快活に笑った。
「大丈夫だ! 今のお前なら、仮に突然リオレイアに出くわしても、無残に縊り殺される事は無い。そこは俺が保証してやるよ」
 こう褒められると逆に不安になる。何か悪い事が起こる前触れの様な気がしてきた。しかし、ここで怖気づいては男が廃る、父母にも顔向けできないし、そもそもハンター稼業を続けられないだろう。ミハエルに頷き返すと、出口の上から垂れ下がるツタの葉を掻き分けて外に出る。ここも、キャンプ地と同じく、背の高い木々の枝によって日光が届きにくいため、どこと無くほの暗い。
「おぉ、やだやだ……どこから襲われるか分かったもんじゃないな」
 密林は生い茂る植物によって視界が悪く、獲物や外敵の発見が遅れる場合がある。その相手が飛竜や肉食竜だった場合、その遅れは文字通り致命的なものとなる。神経を研ぎ澄ませて辺りを警戒する。ミハエルと修行の旅に出ている間に、それまで愛用していたハンターシリーズの防具を、薄い桃色の甲殻で身を固めた大型の鳥竜種、イャンクックの素材から製造される防具クックシリーズのものに変更した。ハンターシリーズに比べれば若干動き難いが、軽くて丈夫なクックシリーズは、遊撃が主体の自分にとってはまさにピッタリの防具だった。
「しかし、密林では目立つよなぁ……」
 深い緑の中に突然桃色の物体があれば、それは嫌でも目に付く。ランポスに見つからない事を祈るばかりだったが、残念ながらそう言う訳にもいかない。木にナイフで迷わない為の印を刻みながら進んでいたのだが、隆起した地面に沿って進んでいると広い浜辺に出た。突然、植物の迷宮が途切れて白砂広がる波打ち際に飛び出したもので、一瞬面食らっていたが。すぐに我に返って辺りを見渡すと、自分はあろう事かランポス達の縄張りのど真ん中に飛び込んでしまっていた。
「うわ、わわわっ!」
 しくじった、もっと慎重に進むべきだったが、過ぎた事を悔やんでいてもしょうがない。今自分が取るべき行動は一つ……逃げる事である。踵を返し、脱兎の如く駆けて元の密林の中へ飛び込む。これで、とりあえず一斉に飛び掛られる事は無いだろう。上手くすれば、物陰に隠れてやり過ごす事が出来るかも知れない。が、それも浅知恵だった。嗅覚に優れるランポスたちを相手に、視覚的に逃れた所で何の意味もない。ランポス達は、哀れな侵入者を討ち取るべく、次々と密林の中まで追って来た。
 状況は極めて悪い、こうなればもう一つの選択肢を取らざるを得ない。すなわち、こちらの力を見せ付けて追い払う……である。彼らは浜辺をうろついていた、恐らく営巣している訳ではないだろう。営巣しているからと言って、戦わない理由にはならないが。少なくとも、後味の悪い思いはしなくて良いかも知れない。再び踵を返して、勢いの付いた体に急制動をかけると、振り返ると同時に腰でジークムントを跳ね上げて、大上段から振り抜く。すぐ後ろまで迫っていた一頭のランポスは、突然の攻撃に対応できなかったようで、火竜の甲殻の刀身を持つ大剣の刃をまともに体に受け、真っ二つになって血飛沫を撒き散らしながらその場に崩れ落ちた。
「ひとつ!」
 地面に叩きつけた形になっているジークムントを、今度は持ち上げるようにして下から上へ斬り上げる。木々の間を抜けて飛び掛ってきていたランポスが逆薙ぎに振られた大剣の刃を受け、正面から一刀両断されて後方に吹き飛ぶ。これで二つ。しかし、正面にばかり気を取られていたので、いつの間にか真横にまで接近していたランポスに気付く事が出来なかった。気付いた時にはそのランポスが既に黄色い嘴の様な口を開いて噛み付こうとしていたため、一端ジークムントを手放して体を投げ出すように前転して鋸の様な牙の並ぶ口での噛み付きを回避する。全く、息をつく暇も無い、すぐに体勢を立て直し、赤い大剣を拾い上げると、横薙ぎに一閃する。
「えっ? ぬぁっ、しまった!?」
 背の高い木々が林立する場所で横薙ぎに剣を振れば、当然《ある事》を懸念しなければならない。自分は今、それを怠っていた。ランポスを捉えるかと思われたジークムントの刃は、その隣に立っていた太い椰子の木に食い込んで動きを止めた。それを見たランポスは素早く後ろに跳び下がり、何度かステップを踏んでタイミングを取ると、跳躍して再び襲い掛かってきた。身を屈めてその攻撃をかわすが、ランポスの爪とクックメイルがこすれて耳障りな音を立てる。今のは危なかった、早くこの大剣を引き抜いて反撃したいが、存外力強く振り抜いてしまったため、その真紅の刃はなかなか抜けてくれない。ランポスは早くも体勢を整えて次の攻撃に移ろうとしている、このままではいずれ彼の手にかかるだろう。
 クックアーム越しに、拳に柔らかな感覚が伝わる。大した脅威にはならないだろうが、一端大剣から手を離し、クックアームで直接ランポスを殴りつけた。顔を殴られたランポスは一瞬怯んだ素振りを見せたので、そのまま腰の解体用ナイフを引き抜いてランポス腹に突き立てる。やはりどんなものでも刺されれば痛い様で、ランポスは叫び声を上げながら後ろに跳び下がる。この間を無駄にせず、木に食い込んだままびくともしないジークムントの柄を思い切り蹴っ飛ばす。
「ぬぁぁぁぁぁ!」
 グリーヴ越しにすねに響いた激痛に、思わずすねを押さえつける。やはり少し無茶だったか、飛竜と戦う事を想定とした頑丈な武器を蹴りつけるなど、ミハエルには咎められるかも知れない。しかし、骨は折れておらず、その捨て身の蹴りが功を奏してジークムントも木から抜け落ちた。大剣の食い込んだ木に向き直っていたので、剥ぎ取り用ナイフの刺さっているランポスは自分の後ろ側にいる。背中でランポスが飛び掛る前に踏むステップの音を聞き、飛び掛るようにジークムントを掴むと、先程の様に下から上へ、逆薙ぎに斬り上げる。縦に振り抜いたジークムントが、中空で何かにぶつかるのが手応えから分かった。重々しい音を響かせてジークムントの峰が地面を叩く、そして密林にこだまするランポスの断末魔、どうやら飛び掛っていた所を空中でジークムントの峰の棘に引っかかり、そのまま地面に叩きつけられて圧死したらしい。
「三つだ! まだ来るかぁ!」
 ジークムントを振り上げ切っ先を地面に突き立てながら大喝すると、それを見たランポス達は諦めてくれたらしく、こちらに背を向けて散り散りに逃げて行った。
「ふぅ……助かったか。別に初めからやり合うつもりじゃなかったんだ、恨まないでくれよ?」
 足元に屈むと、ランポスの腹に突き刺さっている解体用ナイフを引き抜き、そのままその体に這わせる。いくらかの鱗と、傷付いていない皮、折れていない牙を剥ぎ取った所で、体液の作用による分解が始まった。素材を袋に詰めて腰に括り付け、再びリオレイアを捜索すべく密林の探検に戻ろうとしたその時、何かが焦げる嫌な臭いがした。
「何だ、野火か? こんな湿潤な気候で?」
 その臭いの答えはすぐにもたらされた、それも上空から自分の数ヤード横の樹木が吹き飛ばされると言う衝撃的な光景を以ってである。水分を多く含むはずの生きた樹木が、もうもうと煙を上げながら炎上する。こんな真似が出来るのは密林では限られている、イャンクックの火炎液程度ではこうはならない。この圧倒的な暴力、飛竜、それも密林の女王の異名を取る第一級の種、雌火竜リオレイアのものに間違いなかった。
「運が悪けりゃ、即死だったな……」
 と言う事は運が良かったのだ。人間、どんなに足掻いても死ぬ時は死ぬし。何もしなくたって生き残る時は生き残るものである。リオレイアは翼を羽ばたかせて辺りに突風を巻き起こしながら、火球によって木々が吹き飛び、広くなってしまった場所に降り立つ。その雌火竜はラルフの言葉通り、通常の緑色ではなく、イャンクックのそれよりも更に鮮やかな桃色の甲殻をしていた。サファイアの様な透き通った青色の目がこちらを向く。見つかっただろう……相手もそうだが、自分も密林の中では目立ちすぎる桃色をしている。大きさと言う事もあるが、自分が相手を見つけられて、生まれながらの狩猟者である彼女がこちらを見つけられない筈が無い。
 彼我の戦力差は歴然、ミハエルならばともかく高々六ヶ月分の経験しかない自分が、単身通常の個体よりも強力であろうこのリオレイア亜種を倒せる道理は無い。だが、やすやすと逃がしてくれる相手でも無いだろう。こう言う時は闘志が挫けた方が後手に回る。考えるよりも前に体が先に動いていた、守ったら負ける攻めろ。
「はぁぁぁぁぁ!」
 一直線にリオレイアへ向けて突進する。彼女は大顎で自分を噛み砕こうと、首を巡らせて噛み付いてくる。寸での所で身をかわし、横に回って首を守る甲殻目掛けてジークムントを振り下ろす。捉えた……しかし、ジークムントの真紅の刃は、その堅牢な甲殻に弾き返された。衝撃で手が痺れる、亜種の甲殻はどうやら通常種のそれよりも丈夫らしい、僅かにかすり傷が付いたくらいでヒビひとつも入ってはいない。剣を弾き返された反動で大きく後ろに体勢を崩してしまったが、そのまま後ろに転び背中で着地する。その真上を、鋭い棘と猛毒を分泌する毛針がびっしりと生えた尻尾が通り抜ける。危なかった、少しでも堪えようとしてればあれで横殴りにされている所である、運が悪ければ首が吹っ飛んでいたかも知れない。
 体勢を整えながら立ち上がり、ジークムントを構えるとリオレイアに向き直る。彼女は仕損じた事を自覚しているのだろう、すぐに首を巡らせてこちらを睨みつけてくる。恐ろしい、思わず数歩後ろに後ずさってしまった。余り人には見られたくない姿である。こちらの怯えが見えてしまったのだろうか、リオレイアは咆哮と共に翼を羽ばたかせて後ろへ飛び下がり、間を置かずに突進してきた。木々が盾になってくれるかとも思ったが、密林の女王の前では大木も小枝も同じであるようで、全てをなぎ倒しながらリオレイアは襲い掛かってくる。
 人間と飛竜では一歩の大きさが違う、このまま逃げても追いつかれてすり潰されるだけだろう。リオレイアの突進をギリギリまで引き付け、横っ飛びに転がって踏み潰される事は避けられた。素早く立ち上がってリオレイアがいるだろう場所に目を向ける。この手の飛竜は突進の勢いを殺すため全身を投げ出す必要がある、そして転倒する事によって地面を滑りながら停止するのだ。すぐに止まれる訳ではないので、その分彼らの位置は動くが、突進の勢いからその位置は用意に予測できる。筈なのだが、睨んだ場所にリオレイアの姿は無かった。それ所か、リオレイアは自分が横っ飛びに転がって突進を避けた位置のすぐ傍で停止していた。
「何だと!?」
 驚いた事に、この亜種は脚力まで発達しており、転倒しなくとも突進の勢いを殺す事ができるらしい。リオレイアと目が合う。咄嗟に剣の腹を盾の様に構えると、鞭のような尻尾が振り抜かれてジークムントとぶつかり合い、甲高い音を上げる。その衝撃は凄まじいもので、堪え切れずに数歩分後ろに弾き飛ばされてしまった。剣を支える腕が悲鳴を上げ、骨がきしむ。何とか転倒する事は避けられたが、正面に向き直るとリオレイアの凶暴な顔が目の前にまで迫っていた。
 無理矢理大剣を振り下ろすと、同種の雄の甲殻から作られた刃がその雌の頭殻を捉え、その一部をいくらか削り取った。それでもリオレイアは怯む事は無く、体ごと回転して毒液を撒き散らす凶悪な尻尾で打ち据えてくる。毒液を浴びれば皮膚が壊死して重傷を負うだろう、尻尾で打ち据えられれば骨折は免れない、尻尾の突起に突かれればこれもまた重傷を免れない。だからこそ、飛竜と言う相手に対しては一撃も貰う事は許されない。
 このまま防ぎきる事は出来ないだろう。最初こそ攻めれていたのだが、今となっては防戦一方、リオレイアの攻撃をしのぐので精一杯の状態に陥っていた。尻尾で打ち据えられ、大剣の腹でそれを受ける。もちろん元々防御を想定してはいないため大剣と共に弾き飛ばされるが、直撃を受けるよりは何倍もましである。しかし、これでは本当に反撃する事ができない。こちらがたたらを踏んで体勢を崩している間に、リオレイアは次の攻撃を繰り出しているのだ。今もこちらに突進してくるのを何とか大剣で受け止めた。リオレイアが少し後ずさったので防御の構えを解こうとしたが、彼女の目に殺意が漲っているのが肌から感じ取れたため慌てて大剣を構え直す。
 次の瞬間、強風と共に何かが大剣にぶち当たって甲高い音を立てる。それまでの攻撃とは比べ物にならない衝撃が体を突きぬけ、全身の骨が、筋肉が無言の悲鳴を上げるのが分かった。意識が飛びそうになったが、歯を食いしばってその糸を繋ぎ止める。この悪寒は何だ、何かが液体のようなものが飛び散り辺りの植物に降りかかってはシュウシュウと言う嫌な音ともに白い煙があがった。つまりそれは、リオレイアの毒である。
「ひぃ、ひぃぃぃぃ!」
 自分の代わりに毒をしこたま浴びてくれたジークムントをその場に投げ捨て、わき目も振らずに逃げる。この辺りは大木が林立しているから平地よりは生き残れる可能性がありそうだと思ったが、相手が飛竜では大差無かったかも知れない。それでも、何もしないで殺される訳にはいかない、両親の下に行くには……まだ早い。
「ぐっ……しまった!?」
 折れた丸太に蹴躓いて、前のめりに盛大にすっ転んでしまった。しかし、矛盾した言い方だが、その不運が幸いして自分は命を永らえる事が出来た。転んだ直後、自分の頭上を高熱の火球が通り過ぎたのだ。あのまま走っていたなら背中からその直撃を受けて丸焼けになっていた事だろう。だが、立ち上がろうとするものの、恐怖のあまり膝が笑って上手く立ち上がる事ができない。みっともなく地面を這いずって逃げようとするが、そんなことで逃げられるような相手ではない。後ろを振り返ると桃色の甲殻を持つリオレイアが大きく口を開いてこちらに向けているのが見えた。その喉の奥でオレンジ色の輝きが増すのが見える、火球だ、火球がまた自分に向かって吐き出されるのだ。このままでは避ける事もままならない。
「うわぁぁぁぁぁ!」
 続けて三連射、火球が周りの木々に着弾してそれらを木の葉のように吹き飛ばす。自分があの木と同じ目に遭うのは時間の問題のように感じられた。振り返れば、リオレイアは「今度は外さない」とでも言いたげに唸り、再度こちらに火球を吐きつけて来た。
「わぁぁぁぁぁ! 助けてくれぇぇぇぇぇ!」
 耳と目を閉じその場にうずくまる、そんな事で助かる訳は無いが、そんな自嘲気味な心に反して体は勝手に動いた。火球が爆発する音がした……辺りに物が燃える臭いが立ち込める。死んだか……今度こそ。飛竜戦というものは完遂される方が少ない。それは多くのハンターが挑み、敗れ、本当に力のあるハンターしか戻ってこないためである。元々、自分はハンターとしての技術が未熟だ、その自分がリオレイアに勝てる道理など、初めから無かったのだ。
 しかし、妙だ、死んだにしてはやけに感覚が生々しい。辺りに漂う木の燃える臭い、毒液の生臭い臭い、筋肉や骨が痛む感覚。そして、どこか口惜しそうに唸るリオレイアの声である。頭を抱えていた腕をどけ、ちらりと後ろを伺えば、古代の石像と見紛う程に猛々しく聳え立つ男の姿が見えた。男は砂漠に生息する双角飛竜ディアブロスの甲殻と角を使用して製造される鎧で全身を固め、同じくディアブロスの角と背甲を加工して生産された武具、角槍ディアブロスの盾を高々と構えていた。盾から煙がもうもうと上がっている、と言う事は彼があの灼熱の火球ブレスを受け止めたのだろう。
「待たせたな」
「俺はセンセーの言葉を信じたばっかりに、危うく死ぬところでしたよ」
「ぬかせ! 生きてたじゃねぇか、俺は嘘は言ってないだろ!」
「まぁ、そう言う事にしておきましょう」
「やれるか? それともキャンプに下がるか?」
 ディアブロシリーズで全身を固めた男、自分の師でもある男ミハエルは、珍しく気遣わしげな言葉をかけて来る。調子が狂うなぁと思う。普段通り、理不尽な命令を出してくれれば良いものを、この戦いにはラルフも加わっている。以前は見る事が出来なかった彼の戦いが見られるのなら、ここで下がるのも惜しい。それに何より、自分は何だかんだで怪我らしい怪我は負っていないのだから。
「やれますよ、少し時間をください。落し物をしちゃいましてね」
「ったく、しょうがねぇな……了解だ。なるたけ急げよ!」
 ミハエルはそう言ってから角槍を地面に突き立て、背甲の盾をしっかりと構えてリオレイアの攻撃に警戒しながら腰の角笛を口元に持ってきて高らかに吹き鳴らした。リオレイアは猛々しい角笛の音色に、人間の恐怖心を引きずり出す咆哮で応えた。そして、力強く地面を蹴ると角竜の魂を宿した老練なハンター目掛けて突進する。ジークムントを落とした位置まで走りながら、横目で見ると、どこのそんな力があるのか分からないが、ミハエルは正面からその突進を受け止めていた。そして、盾をリオレイアの甲殻に滑らせるようにして、素早くその懐に潜り込む。
「流石だな、さっさと援護に行くか」
 ジークムントを拾い上げ背中に担いで後ろを振り向くと、敵を見失ったリオレイアがミハエルを探してきょろきょろと辺りを見回していた。やがて諦めたのか、そのブルーの目がこちらを向く。本来なら危機感を覚えなければならないシチュエーションなのだろうが、彼女の腹の下にそれ以上の化け物が潜んでいると思えば、どうと言う事は無い。
「でぇやぁぁあぁあぁぁあ!」
 ミハエルはどっしりと腰を落とし、その腰の捻りを利用して角槍をリオレイアの腹部に突き立てる。ディアブロスの鋭い角を加工して作られた槍は、リオレイアの腹部の薄い甲殻を突き破って、その腹に深々と突き刺さった。強烈な一撃に堪えかねて、リオレイアは苦しそうにうめきながら仰け反る。彼女は忌々しい小さき敵が腹部に潜り込んでいた事に気付き、彼女の注意がミハエルに向いた。その隙を突いて飛び出そうと思ったが、それよりも早く別の草陰から飛び出す一つの影が見えた。
「エオル! 君は後ろに回れ、厄介な尻尾を片付けて欲しい!」
 その影は他でもない、ミハエルの弟ラルフだった。相変わらず胴鎧と兜を着けないという、傍目には暴挙とも呼べる軽装備だが、そのお陰もあってかハンマーを構えているとは思えない程素早い動きでリオレイアに突貫する。そして、長身を活かして高くハンマーを振り上げると、完全にミハエルしか見えていないリオレイアの頭部に、ディアブロスの尻尾を豪勢に使った高級なハンマー、破槌シャッターを叩き付けた。
 恐らく彼女も予期していなかっただろう一撃を受けて、リオレイアの頭部が地面に叩きつけられる。軽い脳震盪を起こしているようで彼女の視線はあらぬ方向を泳ぐ。それでもラルフは手を止めず、更にハンマーを振り上げると、もう一度リオレイアの頭に叩き付けた。ハンマーは頭殻にぶつかった後、その表面を破壊しながら地面に埋まり込む。ラルフは手を抜かない、地面に埋まり込んだハンマーを引き抜くと、止めと言わんばかりにリオレイアの頭殻目掛けて横殴りに振り抜いた。
 これには流石の女王も参ったようで、リオレイアはその場に横倒しになる。足が震え、美しいブルーの目が虚ろになって四方に泳ぐ、今度は重度の脳震盪である。しばらくは起き上がることは出来まい、いや……彼女が再び起き上がることはありえない。ラルフがリオレイアに容赦ない暴行を加えている間に、その背後に回りこむ事に成功した。ジークムントの柄を何度も握りなおし、最も力の込めやすい角度を探す。そして、しっくり来た所で転倒したリオレイアの尻尾目掛けてジークムントを振り下ろす。大根を切った時の様な会心の手応えが手に残る、尻尾はリオレイアの胴体と離れ離れになって宙を舞い、地面に落ちた後しばらくのたくっていたが、やがてその動きを止めた。その尻尾の動きは、あまり見ていて気持ちの良いものではない。
「仕留めろぉぉぉぉおぉぁ!」
 ミハエルがいつになく興奮した様子で叫んだ。無論言われなくともそのつもりである、今度は背中に回って背中の甲殻を斬りつける。が、やはり硬い、この亜種は甲殻が通常種よりも段違いに硬い、残念だが裏側からでは有効なダメージを望めないだろう。やるだけの事はやるが、大勢はラルフとミハエルに任せるしかないな。
 表に回って腹部を狙おうとしたが、どうもその必要はなさそうだった。ミハエルの角槍ディアブロスがリオレイアの胸部に突き刺さる。既にリオレイアの胴体は蜂の巣のように穴だらけになっており、その穴からは大量の血が流れ出ていた。あの出血では如何に飛竜と言えども助からないだろうが、今、ミハエルが新しく空けた穴からは凄まじい勢いで血が噴き出した。どうも心臓の近くを穿った様だ。これで決定的になっただろう。
 そう思った次の瞬間、西瓜を棍棒で叩き割った時のような鈍い音が密林にこだまする。リオレイアの体が大きく跳ねる、そして盛大に辺りの落ち葉や小枝を吹き飛ばして自分の体を地面に叩きつけると、それきり動かなくなった。
「や、やったのか?」
「あぁ、やったやった……命あって何よりだな」
「大丈夫かい、エオル?」
 ラルフがハンマーをその場において、こちらに駆け寄って気遣ってくれる。幸い、寸での所で救援が間に合ったので怪我らしい怪我はしていない。もしかしたら、筋肉を傷めていたり、骨にヒビくらい入っているかも知れないが、とにかく大事はない。
「大丈夫です。ラルフさんもご無事で?」
「ああ、この通り大丈夫だ。俺はいつでも安全なタイミングで攻撃を仕掛けるからね、そうそう怪我をする事はないんだ」
 そう言ってラルフは露出した胸を叩く。日に焼けて黒くなった肌に汗が滲んでいる。当然だ、あのように重たいものを縦横に振り回していたのだから。しかし、彼に怪我がなくて良かった。
「喋るのは後にしてくれ、お客が来る前に済ませるぞ」
 何を、と言えば剥ぎ取りをである。リオレイアの死体は他の生物にとっても宝の山である。栄養価の高い内臓や肉、それらが食い尽くされた後に残る骨や甲殻ですら、甲殻種のヤドになったり甲虫種や昆虫の巣にもなる。無駄になる部分は無い。いや、自然は命を最後まで無駄にする事はないのだ。
 珍しい桃色の甲殻である、全体の三人で全体の半分ほどの甲殻と鱗を回収する事が出来た。やはり貴重なのだろうか、ミハエルとラルフはいつに無く多く剥ぎ取っており、キャンプまで持ち帰るのに難儀していた。欲張るからそう言う事になるのだと心の中で注意しておいた、あくまでも心の中でではあるが……。キャンプに戻り、荷物と戦利品を置くと、ラルフが口を開いた。
「では、行くか」
「行くってどこにです?」
 もうクエストの目的は果たされた、後は村に帰って結果を村長とパティに報告すれば完遂となるはずである。他にどこに行くと言うのであろうか。
「捜索だ、俺達の前のパーティは結局帰ってきてねぇ。生きてて逃げ出したんならそれはそれで良いが、どっかで死んでるんだったら……村に帰りてぇだろう」
 ミハエルは言いながら既に出発の準備を整えていた。なるほど、それはそうだ。ミハエルに倣って出発の準備を整え、ラルフはミハエルと自分の準備が終わったのを確認すると。先頭を切って再びキャンプの出口を覆っているツタの葉を掻き分けて密林に出て行った。
 隆起した地面に混じって大きな岩塊がちらほらとある、これらは途方も無く長い年月をかけて砂や泥が凝固した岩石であり、同じく長い時間をかけて水の浸食を受け内部を削られる。そうして、天然の要塞を築き上げるのだ。そうやって形成された要塞は、ランポスやアプトノス、そしてワイヴァーンの巣として有効利用される。密林を外れたところにある浜辺沿いに大きな横穴を発見した、恐らく鍾乳洞の入り口だろう。飛竜の巣があるとすればこの中だ、ミハエルが注意深く中を観察した後、ゆっくりと足を踏み入れる。
「良いぞぅ!」
 この近辺の飛竜があのリオレイアだけとは限らないが、強力な飛竜であればる程、他の飛竜がいる可能性は低くなる。元々個体数が少ない種であるので、無駄な消耗を避けるために飛竜達は得てして相手の縄張りは尊重するものである。この前よりは比較的安心して穴に潜る事ができた。
「広いっスねぇ~」
 ランポスも入れない様な狭い通路を抜けると、天井にぽっかりと大きな穴の開いた大広間に出た。飛竜の巣を訪れるといつも思うが、本当に飛竜の巣と言う場所はどこも似通った景色である。これでは巣を移したとしても、余り様変わりしない……連中は飽きないのだろうか。飽きないのだろう、飛竜達には景色を楽しむと言う感性は備わっていないだろうから。
「ま、飛竜が生活するにはこんくらい広さがないとやってけんだろう」
「静かに、エオル、兄さん……何か聞こえる」
 ラルフの言葉に閉口し、耳を澄ませる。彼の言葉通り、何かが聞こえる。鳴き声の様な、しかし大きい生物ではない。この辺をうろついているとすれば、飛竜の卵を狙うランポスか、或いは飛竜のおこぼれを狙うガブラスかのどちらかだろう。ランポスにしろ、ガブラスにしろ、もしこの辺をうろついているのなら急がなくては、万が一ハンター達が《食料》として巣に運ばれているなら、僅かに生きながらえる時間すら彼らには与えられない事になる。特にガブラスは弱った獲物を集中して狙う習性がある、手負いのハンターは良いカモである。
「飛び込むぞ」
「了解」
 言ってからミハエルが角槍ディアブロスと背甲の盾を構えて広間に飛び込む。盾と槍で周囲を牽制しながら彼は辺りを見回す。ミハエルに続いてラルフ、自分と続き、辺りを警戒しながら入り口周辺の安全を確保した。広間の中にはランポスもガブラスもおらず、いたって平穏だった。
「拍子抜けだな」
「無駄な狩りはしないのでは?」
「緊張して損したって意味だよ……一応奥を調べる、エオルは上、ラルフは後ろを警戒しろ」
 ミハエルは軽口を叩きながらも緊張を解かず、危険を確かめながら慎重に広間の奥へ進んで行く。後方はラルフが警戒しているので大丈夫だろう、自分は言われた通りに上を警戒する。ナイフよりも巨大な毒針を振るって襲い掛かってくる巨大甲虫ランゴスタや、狡猾な小型飛竜ガブラスが上から来る可能性もあるし、もし別の飛竜がこのテリトリーに入ってきたなら、真っ先にここに営巣しようとするはずだからである。
「まだ聞こえるな……あの辺りだ」
 そう言ってミハエルは骨の山を指差す。それはまさに骨の山と形容するのが相応しかった。竜骨なのか人骨なのか分からない骨が、人の背丈よりも高く積まれている。妙な声は、その中から聞こえる様だった。途端にミハエルとラルフの表情が曇る、もしやこの中に怪我人が。それならば早く救出しなくては手遅れになる、骨の山に駆け寄り、よじ登ろうと手をかけた時、ミハエルが語気を荒げて制止してくる。
「エオル! お前は外だ、生存者か遺留品を探せ」
 師が自分に対してこの様に声を荒げるのは久しぶりだった。そして、自分が勝手な行動を取ろうとした事を咎めていると言うよりは、焦って制止した為に結果声を荒げてしまったと言う風に感じた。何かある。師、ミハエルは何かを隠している。
「何です? センセー、貴方らしくない。中のもんを俺に見られちゃ困るんですか?」
「見なくても良いもんだ……いや、お前はまだ見るべきじゃない」
「兄さん、遅かれ早かれだよ。エオルを鍛えるんなら、こう言う現実も見せるべきだ」
「しかし……いや、そうだな。エオル、見るからにはお前は目を逸らすな」
 何だと言うのだろう、面倒臭い人間ではあるが、こう言う勿体つける様な事はしないタイプだと思ったが。ラルフがハンマーを構えて骨の山に近寄り、思い切り殴りつける。骨の山は脆くも崩れ、中のものが外に露出する。そこには、およそ人間の少年程の大きさの生き物の姿があった。その数三頭、赤い体色のものが二頭、緑色の体色のものが一頭である。繁殖期が過ぎた温暖期の上旬、雌火竜リオレイアの巣にいたと言う事は、つまりそう言う事なのであろう。
「この子達は……どうなるんですか?」
「殺す。共食いして生き延びる可能性があるからな。生き残って成長したこいつらが、村を襲わないとも限らない……残酷なようだが、人間と飛竜が今の関係を続けるためには止むを得ない事だ。俺がやる、お前は外に……」
「いえ、見届けますよ。そうでなくては、貴方に付いて世界を回った意味がないんでね」
「良い覚悟だ」
 ミハエルは盾をその場に捨て、無邪気に餌を求める幼竜の頭目掛けて逆手に構えた角槍ディアブロスを突き立てた。幼竜はこちらの耳と心をつんざく断末魔の叫びを上げて一瞬の内に息絶える。しかし、それでもミハエルは流石と言うべきか。三頭の幼竜の命を奪ったが、せめてもの情けとして苦しまぬよう一撃、一瞬で彼らの命を奪った。今までに見た事もないような沈痛な面持ちでミハエルは角槍に付いた血のりと油、脳髄の混じった液体を拭う。
「いつまで経っても、慣れんもんさ……」
 そして、こちらを安心させるためなのか。穏やかな声でそう言って、疲れた笑顔を浮かべた。
「ご苦労様です。では、ハンター達の捜索に戻りましょう」
「いや、その必要は無い。見つけたぞ」
 ミハエルと同じく神妙な面持ちのラルフが、骨の山……リオレイアの巣を漁って三つの兜を取り出した。男物のクックヘルム、タロスキャップと、女物のハイメタヘルムだった。自分達の前にリオレイア亜種を討伐に向かったハンターの物だと思われる。その兜に付着した血痕は、それ程古いものではなかった。
「よし、全ての目標を達成した。戻ろう……ジャンボ村に」



 荷物をアプトノスに引かせてゆっくりとした速度でジャンボ村に戻る。その間、三人とも口を利かなかった。クエストを完遂してもこう言う空気になるのか……また一つ勉強させられたと言えなくも無い。幼竜にに止めを刺すミハエルの顔には悲壮な覚悟が滲んでいた。汚れた役を引き受ける覚悟、前途ある飛竜の子の命を奪う覚悟、そしてその命を背負ってゆく覚悟である。モンスターと人間が今の調和の取れた関係を続けるためには必要な悪行だと、頭では分かっていても、それを実行するとなると話は別である。
 潤んだ瞳でこちらを見上げる幼竜の頭に、得物を叩きつけると言う事は並大抵の事ではない。自分にはまだ、彼と同じように出来るか分からない。放っておけば死ぬだろうと高を括って逃げ出していたかも知れない。ハンターが『実入りは良いが辛い稼業』と呼ばれるその実は、肉体的な事を言っている訳ではないのではないだろうか。時に非情な決断を迫られるハンター、体の傷はすぐに癒えるが、心の傷はすぐには癒えない。両親の事でモンスターを憎み続けた自分には良く分かる。
 そして、自分の様な動機でハンターになった者は、相手のモンスターに自分と同じ思いをさせていると自覚した時、どう思うのだろうか。子供の頃よりハンターを正義、モンスターを悪と頑なに信じてきていたが、ミハエルとの旅でその考えは払拭された。全ては環、全ての生物、全ての自然は互いに関わりあって存在している。ただ生命を繋ぎ、子を産み、愛し、育て、死んでゆく。それは全ての生命にとって共通で、全ての生命は平等に命の営みを行う。その行為に善悪などと言う概念でもって見ていた自分こそが愚かだったのだ。一人の人間の観念を当てはめられる程、この世界は軽薄ではない。


 荷を引くアプトノスを励ましながら峠を登りきると、木製の柵に覆われた集落が見えてきた。ジャンボ村である。狩りに出向いてからかなりの時が経っていた、既に夜と言って差し支えない時間帯で、村の周辺にも夜の帳が下りていた。村の周りに焚かれている松明が、大きな集落の輪郭を現し、何とも言えない幻想的な風景を形作っていた。酒場にはまだ明かりがついており、誰かが食事を摂っているか、親方がいい加減諦めたら良いものを、勝てるはずも無い飲み比べを村長代理に挑み、負けて酔いつぶれているかだろう。
「腹減ったなぁ……」
「もうすぐじゃないですか」
「帰ったらまず飯だ! そんで……酒だ!」
 ミハエルはアプトノスを励まし、急ぐように頼み込む。アイルーやメラルーの様な獣人と違って、草食竜は人語を解す事がない。むしろ、自然界においては彼らのような人語を解す存在のほうがイレギュラーなのである。ともかく、言葉の通じないアプトノスに対して、急ぐよう必死に頼むミハエルの姿は、どこか少年のようでおかしかった。我が師ながら本当に分からない人である。
 村の門をくぐった時、酒場には役者が揃っていた。村長代理、パティ、スミス、親方、村長。おや、何か違和感を感じる。何かがおかしい、何かが……。
「村長!」
「やぁ、エオル。久しぶりだねぇ……少し見ない間に良い顔になった」
 酒場にはジャンボ村の発展を見て、新たなる土地を目指して旅立った竜人族の青年がいた。村長と会うのは久しぶりだが、それ程の時ではない。たかだか数ヶ月である。しかし、それでも随分長い間会ってなかった様な気がする、それはこの数ヶ月がとても長いように感じたためだろう。余りに唐突の再会で一体何を話せば良いのか分からなくて混乱する。すると、ミハエルとラルフが歩み出て、村長との再会を喜んだ。
「この野郎、何でここに!」
「久しぶりだな、村長」
 そう言って兄弟は何故か村長を殴る、蹴る。手荒い歓迎を受けながらも、村長は笑っていた。彼とシュテーレン兄弟は共にジャンボ村を辺境随一の村に押し上げた盟友である。自分の父母や、ジャンボ村で活躍したハンター。彼らの間には固い絆があるという。
「さとが、さとがえ、喋れないだろ!」
 村長が何かを言おうとしてたが、兄弟にもみくちゃにされて喋れず。たまりかねた村長が笑いながら大声で叫び、兄弟を突き放して言う。
「里帰りだよ。向こうが落ち着いたんでね、ちょっと休みを貰って」
「そうかそうか! まぁ、ゆっくりして行きねぇ」
 ミハエルはそう言って酒場の方に向かって行った。スミスの隣に腰掛け、神妙な面持ちで彼と話し始めた。珍しいリオレイア亜種の甲殻を手に入れたのである、早速何かに加工してもらおうと言うのであろう。或いは、その利用先の検討か。
「さぁ、エオルも、ラルフも一緒に飲もう!」
 それは大いに賛成である。しかし、呑むにしても自分はミルクにしておく……ビールが美味く思えるようになるには、まだ自分には時間が必要らしいから。酒場のカウンター席に腰掛け、パティに料理と飲み物を注文する。そう言えば、パティにも村長代理にも、親方にも挨拶が出来ていなかった。
「パティさん……親方……村長代理……いや、姉さん…………ただいま」
 親方は酔い潰れて何を言っているか分からなかったが、パティはいつもの様に眩しい笑顔を浮かべ、村長代理を任されている竜人族の女性は一瞬姉さんと呼ばれた事に驚いたような顔をした後、優しい顔になって言った。
「おかえりなさい。エオル」


 旅からやっとの思いでジャンボ村に戻り、その後ラルフの求めに応じてなし崩し的にリオレイア亜種と言う強力な飛竜の討伐に赴いたのだ、これで普段通りに体が動く方がどうかしている。しかし、そのどうかしている人間を自分はひとり知っている。その男は数日前に火山でリオレウスと戦い、これを討ち取り。前日にリオレイア亜種と戦ってこれを討ち取っている。しかし、その翌日、つまりは今日。ハンター歴六ヶ月のルーキーが全身筋肉痛で歩くのもやっとと言う状況を他所に、ジャンボ村の傍を流れる川で呑気に釣り糸を垂れているのだ。これをイカレていると言わずして何と言う。
「何でそんなに元気なんです?」
「お前とは鍛え方と年季が違うからだ……それより敬語は止せ、もうお前は俺の弟子を卒業したんだからな」
「急には無理ですよ。釣れますか?」
 ミハエルは無言で魚篭を指差す。魚篭は空っぽ、キレアジの一匹も入ってはいない。
「駄目駄目ね」
「あぁ、駄目駄目だ……フッフッフ」
「ハッハッハ」
 何だかおかしくてひとしきり二人で笑った。彼がジャンボ村を離れる時、自分はこの村に残るだろう。そうなれば、しばらくは会えない。寂しくなる。どうせこの体では何も出来ないのだから、ミハエルに倣って自分も川に釣り糸を垂れる事にした。そのまま昼過ぎまで、談笑しながら釣りに興じていたが、結局どちらの針にも何もかからなかった。流石に腹が減ったので、二人でパティの酒場に足を伸ばす。彼女も所在なさそうにカウンターに頬杖を突いていたが、こちらを認めると途端笑顔を浮かべ立ち上がって手を振ってくる。
「商売が上手くなったな、パティ」
「商売じゃありませんよぉ、本当に嬉しかったんです……今日は誰も来ないから暇だったんです」
 なるほど、確かにクエストボードにはキノコ採取等の他愛の無い依頼しか貼り出されていない。こんな物は自分が、他のクエストのついでにこなしてしまう様な部類のものである。確かに、これではハンターが来るとは考え難い。少し足を伸ばして鉱石でも掘りに行った方が建設的と言うものである。
「昼飯、何か出来る?」
 パティは顎に人差し指を当ててしばらく考え込む。そして調理場を見渡し言った。
「アプトノスのお肉があるけど?」
 ミハエルの顔を見る、彼もこちらを見て頷く。
「じゃあ、何かを添えてくれ」
「お、俺は頑固パンも」
「あ、俺も」
 パティは何が面白かったのか、くすくすと笑って頷くと、調理場に入っていった。
「何が面白かったんスかねぇ」
「俺が知るかよ……」
 それはそうだろう、歴戦のハンターと言えども人の心は読めない。もしかしたら、中にはそう言う人間もいるかもしれないが、少なくともミハエルはそうではない、と思う。
「エオル。お前、これからどうするんだ? 折角一端のハンターになったんだし、良かったら俺達と……」
「いや、俺ぁこの村が性に合ってます。残りますよ」
 ミハエルの言葉を遮って言うと、彼は不敵な笑いを浮かべて言った。
「ふっ……まぁ、お前ならそう言うと思ってたがな」
 そう、彼との旅は学ぶことが多く、常にトラブルと仕事に追われていたので飽きる事はなかった。ある意味楽しめたのだ、この兄弟と共に村を離れる道もあろうが、自分はやはりこの村と共に生きたいと思う。もしかしたら、この先気が変わって村を出ることがあるかも知れないが、それは今ではない。彼から学んだ事を、ここで自分の物とする。世界に出るには、自分はまだ未熟過ぎた。それに。
「俺が村を出ちまうと、キノコや肉を採って来る奴がいなくなるんで」
「何だ……そりゃ?」
「切実な問題なんスよ」
 話していると、パティが鉄皿を二つ抱えて戻って来た。黒い鉄皿はまだ高熱を持っているらしく、じゅうじゅうと食欲を誘う音を立て、香辛料の香りが鼻をくすぐった。重たい音を立てて、鉄皿がカウンターテーブルの上に置かれる。厚切りのアプトノスの肉がミディアムに焼かれ、その上に黄金色のソースがかけられていた。とにかく、これは美味そうである。
「どうかしら? 『アプトノスのステーキ、特産キノコソース、ジャンゴーネギ添え』なんだけど」
「良いんじゃないか? 特産キノコをトッピングに使うとは思わなかったがな」
 特産キノコは森林や丘陵地帯と言った温暖な気候や、密林、湖沼地帯と言った湿潤な気候の土地で多く採れる人の指大の小さなキノコである。それ程希少なキノコではないが、食材として重宝されるのでそれなりの値段で取引される。特産キノコの中で更に質の高いものは厳選キノコと呼ばれ、更に高額で取り引きされる事もある。
「こう言う事です、俺がいなくなると。皆この料理を食べれなくなる。ジャンボ村はでかくなりましたからね、今更キノコを採って来るような酔狂なハンターは居ませんよ」
「何の話?」
 先程まで調理場に居たパティは話が見えなかった様で、首をかしげて仔細を尋ねてくる。
「コイツの進退さ」
 ミハエルが自分の代わりにその問いに答えた。
「なるほどネ。ミーシャは振られた訳だ」
「言ってろ言ってろ!」
 ミハエルは鬱陶しいと言わんばかりに手をぶんぶん振って喚く。この男、人をおちょくるのには慣れているくせに、人におちょくられるのには馴れていないらしい。随分手前勝手な性格だが、それも彼らしいと言えば彼らしい。これでお別れかと思うと、確かに名残惜しいが、別に今生の別れと言う訳でもない。
 食事を済ませた後はミハエルと別れ、自室に戻って武具の手入れに時間を費やした。マカライト鋼の鉄板かと思う程、あのリオレイアの甲殻は硬かった。そんなものを斬り続けていたものだから、若干腕の骨を痛めたらしく、村の医者にはしばらく大人しくしているように言われてしまった。しかし、言われなくてもしばらくはそうするつもりである。この三ヶ月、働き詰めだった。特に緊急性が高い以来がない限り、休む事に専念しようと思う。
「ぬぁ!?」
 馬鹿みたいに硬い甲殻を切りつけ、その馬鹿みたい硬い甲殻を持つ飛竜の攻撃を受け過ぎたせいで、ジークムントの刀身が歪んでしまっていた。幸い竜骨のストックは大量にあるため、すぐに修理は出来るだろうが、今度からもっと有効な戦闘を心がける必要があるだろう。武器はハンターの命であり商売道具である、戦闘中に破損したら命はない。戦闘中に武器が破損するなど、考えただけでも背中が冷たくなる。


 昼食の後、ミハエルはエオルと分かれて工房を訪れていた。ジャンボ村に魅力的な依頼が無いため、多くのハンターは休業しているが、工房はいつも通り休まず働いていた。工房が作るのはハンターの武器だけではない、村衆の日用品を作るのもまた、工房の男達である。伝説の職人であるオババの意思と技術を受け継いだ職人達は、日々物作りに邁進している。
「よう、ミーシャ。作業は順調だぞ」
「俺はまだ何も言ってな……」
「言わなくても顔に書いてある、大事な弟子へのプレゼントは順調かってな。ガハハハハ!」
 スミスは言ってから豪快に笑う。考えを見透かされたのは癪だが、作業が順調なのは喜ばしい。ハンターがただのハンターであり続ける事は難しい、それなりに名が売れてくると、英雄とまでは言わないまでも、特別な目で見られたり、過度の期待をかけられたりもする。そして、是非にと言って仕事を依頼される事も多くなる。その場合はもちろんギルドを通して、ギルドの方から指名される訳だが。結局は同じだ。
 自分はこのジャンボ村に長居することは出来ない。今も、普通のハンターが鼻を摘み、顔を背ける様な依頼が出ているかも知れない。往々にしてそう言う依頼を出すのは、本当に困窮している人間である。特に危険だったり、極端に報酬が安いと言うクエストは、普通のハンターには無視される。それは、商人が儲けにならない物を切り捨てるのと同じで、その職業として当然の判断なのだが、依頼主の方はそう言う訳にいかない場合が多い。本当に困っているからこそ、満足な報酬や保障が出来ないのである。そう言う人間を救えるのは、自分とラルフだけである。そう信じてこれまでハンター稼業を続けてきた。
 エオルは素晴らしいハンターになる。自分としては最大限その手助けをしてやりたい、彼は他でもないジェラードとメリッサの子である。しかし、自分達に付いて来ないと言うのであれば、いつまでも付きっ切りで指導する訳にもいかない。自分達には自分達のなすべき事があるのだ。だから、これは僅かな期間でも師として教えた者に出来る最後の手助けである。これを活かすも殺すも、彼次第であろう。所で……。
「ラルフは? スミス、知らないか?」
「俺は見てないな……どうせ暇なんだろ? 自分で探して見ちゃどうだい」
「そうさせてもらおう」
 探すと言っても勝手知ったるジャンボ村である、それにドンドルマ程広い訳でもない。そして、いくらかラルフの居そうな所には目星がついている。ジャンボ村の東の外れ、急な上り坂になっており坂を上るとそれなりに広い台地がある。温暖気になると一斉に花が咲き、美しい花畑を作り出す。そこに、あるのだ。
「やっぱりここだったか」
「ん? 兄さんか」
 ラルフはジャンボ村を一望できる台地の上に座っていた。その隣には、一つの墓標がある。その墓標には特殊な薬品で表面を加工され、風雨に晒されても腐食されにくいようにしたスミスハンマーが使われており、そのハンマーにはリオレイアの鱗と表皮を使用したスミスミトンが鎖で掛けられている。
「お前だもんな、婆ちゃんの工房をあんなにでかくしたのは……」
「オババはいつでも、俺達の要求に応えて最高の武具を作ってくれた。その恩返しさ」
 見れば、ラルフの手元がごそごそと動いている。
「何してんの?」
「まぁ、俺からのささやかな贈り物かな……よし、出来た」
 ラルフが掲げたのは、花で作った環だった。彼はそれを墓標代わりに地面に立てられているスミスハンマーに掛けると、両手を組んで祈りを捧げた。遅ればせながら自分も弟に倣って、片膝を突いてかしずき、両手を組んで無き名工のために祈りを捧げる。
「オババ、安らかに……」
「この村に来る事があったら、また来るからよ」
 ラルフと自分と、そしてオババの墓を交えて、その日は夜の帳が下りるまで、昔話に花を咲かせた。



 シュテーレン兄弟とエオルがリオレイア亜種と激闘を繰り広げ、それを討ち取って村の危機を救ってから四日の時が経っていた。
 相変わらず村は晴天、ラルフやミハエルが度々近くの密林をパトロールしたが、特に異常は見られず、本当に平穏な日々が流れていた。しかし、どこもかしこもがそうと言う訳ではない。この日、ジャンボ村に一人の旅人が帰り付く。旅人は憔悴しきっており、どこかから不眠不休飲まず食わずでこの村を訪れたと言う事が、一目で分かる程だった。彼は村のゲストハウスに運び込まれ、それを見た村長が駆け寄って彼の名前を呼ぶ。
「テレンコ! テレンコじゃないか! どうしたんだ一体!?」
 村長はどうもその男を知っている様だった、姉さんがその仔細を尋ねると。彼の名はテレンコ、村長が育てている村の商人らしい。その彼が何故ジャンボ村に、それもこんなに弱りきった状態で現れたのかは、彼自身の口から語られた。
「そ……んちょ。黒……い鳥……が、村に……ハ、ハン……タ……は、み……んな、やら……れ……た」
 自体が何か緊張していると言う事だけは理解できた。村長によれば、半年前に村の近くで黒狼鳥が目撃されていたらしい。黒狼鳥とは、大型の鳥竜種の中でも最強と言える部類に属する種で、イャンクックに姿形こそ似ているものの、その凶暴性、戦闘能力のどれをとっても彼の大怪鳥とは段違いである。ここ最近は姿を見せなかったらしいが、数日前に突然村を急襲したらしい。応戦したハンターは死亡者こそ無いものの、殆どが重軽傷を負い、その場は追い返したものの次に襲われれば守り切れないだろうという事だった。事は急を要する、村長はシュテーレン兄弟に村の防衛を依頼した。
 もちろん兄弟はその場で快諾し、すぐにジャンボ村を離れ、村長の新しい村であるフォッコ村に出向く準備を終えた。突然の別れだった。姉さんとパティ、そして自分の三人で、村長とミハエル、ラルフ兄弟を見送る為、村の門まで足を運んだ。親方とスミスは立場上仕事場を離れる訳にはいかず、同席できない事を悔やんでいたが、よろしく言うようにと言付かっている。
「お、俺も……」
「馬鹿野郎、この村だっていつモンスターに襲撃されるか分からんのだぞ? お前はここに残って村を守れ、そう決めたのはお前だろうが」
「……はい」
 ミハエルとラルフは呆れたように笑って言った。
「生きてる限りいつかまた会うこともあるだろうさ、大丈夫だよ」
「そうだ、だから……死ぬなよ!」
 何か言いたい、いや言わなければならないのだろうが、どう言う訳か上手く言葉が出てこない。そんなこっちの心中を読み取ったのか、ミハエルは手を振ってこちらを制すると言った。
「あ~……良い良い、何も言わんで。ガキの癖に変な事気にすんじゃねぇよ」
「し、しかし……」
「まぁ、良い機会だったんだ……ここは居心地が良いからな、ずるずると仕事をサボっちまって敵わねぇ、丁度良かったんだ。だから、俺達は向こうで仕事を終えてもここには戻らん、そのままドンドルマへ向かうつもりだ」
「エオルも、機会があったらドンドルマにおいで。その時はまた一緒に組んで一仕事しよう」
 言葉が出ない。偉大な男達の姿が朝日を受けて眩しく輝いていた。父が健在ならば、きっとこんな風だったのだろう。涙が溢れるのを堪える事が出来ない。
「ハッハッハ、お前が干からびる前に行くとするか。じゃあ、パティ、姐さん……世話になった」
「また、そのうち来ます。パティも姉さんも、それまでには家庭が持てると良いね」
 ミハエルの言葉を受けて笑っていた二人だったが、ラルフの奇襲とも言える辛らつな物言いには眉を吊り上げ、唇を尖らせて一斉に反撃する。
「何ですって!? ラルフ! もう一度言って御覧なさい!
「大きなお世話です! ラルフさんのバカー!」
 皆、笑った。こんなに明るく分かれられると言うのは幸福な事だ。彼らは言った、また来ると。それならば自分はその言葉を信じて待つとしよう。或いは、少しの間ならドンドルマに足を伸ばして見るのも良い。村長はそろそろと言って、ミハエル、ラルフ兄弟を連れて歩き出した。その背中を見た時、考えるよりも先に体が動いていた。
 両手、両膝を地面に突き、頭を垂れる。その音にミハエルとラルフが反応し、こちらを振り返った。
「お世話に……なりばした!」
 鼻声で言葉が変になってしまった。二人は笑っていたが、別に言葉について笑っている訳ではないだろう。あれはきっと、父親が息子に向ける笑顔なのだろう。
「エオル、最後の教えと思って聞け! 世界は一つの環だ。全ての生物が物が事象が互いに関わり合って世界を形作っている。俺達とお前は離れるが、世界で繋がっている。それは人間と飛竜や他の生物も同じだ。世界と言う一つの環で繋がっている! 人も、飛竜も、獣も、蟲も、植物も。お前は世界と言う環の一部、世界はお前と言う環の一部なんだ。そして、その環を守れ! それがハンターだ!」
 ミハエルとラルフは最後に、口元に不敵な笑みを浮かべて。正面に向き直り、それ切りこちらを振り返る事は無かった。
「どうだったかしら? 彼らは」
 姉さんが悪戯っぽい笑顔を浮かべて尋ねてくる。
「凄い人達でした。本当の意味で自由で、気高く、そして豪快な人達でした」
「当然よ! 私の兄さん達だもの」
 パティがおどけて言う。自分にとっては父親だ、そう思える。
「そうそう、エオル? スミスが貴方を呼んでいたわ、渡したい物があるから工房にって」
 何だろう、別に自分の誕生日ではない。何かの記念日と言う事でもない筈だ。まぁ、何であれ行ってみれば分かる事だ。自分はミハエルやラルフの様に、何か急ぎの用事がある訳ではないのだから。



 ジャンボ村一帯を寒冷期の凍てつく様な寒さが包み込む。それでも、この一帯は他の地域に比べれば暖かく。自分はジャンボ村の一年で最も過ごしやすい季節だと思っていた。しかし、この時期はモンスターにとっては食料が乏しくなり、空腹と寒さによりその気性が荒くなる時期でもある。故に人間にとっては密林への用事が少なくなる季節なのだが、それでも時には密林まで赴かなければならない時もある。また、密林を通商路としている行商人がいない訳でもない。そう言う人のために、テロス密林一帯の安全は常に確保しておく必要がある。
「悲しいけど俺も仕事でね……恨むなよっ!」
 大振りに振り抜かれたジークムントの刃は、毒怪鳥ゲリョスの足の大事な腱を損傷させたらしく。そのある種滑稽な風貌の鳥竜は、巨体を揺らしてその場に転倒する。峰を肩に乗せるようにして大剣を持ち上げ、そこから一気に大上段に構える。こうする事で腕の筋肉と骨への負担を軽減させる事が出来る。長くハンターを続けたいならば、こう言う細かい立ち回りにも気を配っていて損は無い。
 振り上げたジークムントを、ゲリョスの頭部目掛けて振り下ろす。毒怪鳥の硬質な嘴と竜骨のフレームに雄火竜の甲殻を薬品加工して作った刃を取り付けた大剣がぶつかり合い、甲高い音が木々の間にこだまする。刃はゲリョスの頭の中ほどまで食い込み、ゲリョスの生命活動に必要な機能を著しく欠損せしめる。ゲリョスはビクビクとしばらくのたくった後、ぴたりと動かなくなった。
「今度はホントに死んだか? もうやだぞあんな冗談は?」
 数分前、うめき声を上げて倒れたゲリョスを死んだと誤認して近付き、剥ぎ取りを行おうとした所で、それが突然動き出した。慌ててその場を飛びのいたため、幸いにして被害は無かったが、危うく奇襲をまともに受け深刻な怪我を負う所であった。この冗談ではない小賢しさ、どこかの誰かに似ていると思う。
 石ころを投げつけ、大剣の切っ先で突っつき、やっとそのゲリョスが息絶えている事が確認出来た。ジークムントを地面に突き刺し、リオハートヘルムを脱いでその緒を腰のベルトに結ぶ。腰に括りつけてある水筒から水を飲んで喉を潤すと、今度はそれを頭から浴びた。寒冷気とは言えこれだけ動けば流石に汗の一つも流れ出る。それでも外の熱を通しにくく、中の熱を逃がしやすいこの鎧のお陰で随分楽だ。この地域では保温性の高い鎧は着ていられない。温暖期ともなれば死んだ方がましと思える暑さに見舞われるからだ。
 その点、このリオハートシリーズの鎧は優れものである。外の熱を通しにくく、中の熱を逃がしやすいのは良いとして。防御力、耐火性、運動性のどれを取っても一級の性能である。残念なのは、この鎧に使われている甲殻は水を含むと脆くなる上、同じ性質を持つ甲殻同士でこすり合わせると極端に強度が下がると言う弱点を持っているという所である。そして、この鎧は自分で勝ち取った物ではないと言う所も若干残念ではある。
 しかし、自分はこの鎧を気に入っていた。性能は勿論申し分ない、ジャンボ村を歩いていれば、道行くハンターが羨望のまなざしでこの鎧を見ているのが分かる。そして、この鎧は敬愛する二人のハンターが、村を離れる際に選別として贈ってくれたものなのである。


 親愛なる弟子へ――

 君に君のなすべき事がある様に、俺にも俺のなすべき事がある。それ故、ジャンボ村に長く留まって君を鍛えてやる事は出来ない。世界は常に慈善家を欲している。ジェラード、メリッサと交わした約束を最後まで果たせずに村を離れる償いとして、君にこの鎧を贈らせて貰う。この鎧を以って、君がジャンボ村の守り手として益々繁栄せん事を切に願う。

 ――ミハエル・シュテーレンとその弟、ラルフから、エオル・ローハンに愛を込めて。

 ミハエル、ラルフの兄弟が村長と共にジャンボ村を離れた日。スミスに呼ばれて、その工房へと赴いた。そこで彼から手渡されたのが、修行の旅から帰ったその翌日に死に物狂いで討伐した飛竜、リオレイアの亜種から彼ら兄弟が剥ぎ取った素材を惜しみなく使用して作られた鎧、リオハートシリーズ一式とこの手紙だった。
「いつか、必ず追いついてやるぞ……センセー、ラルフさん!」
 彼らがいるであろうドンドルマの空に目掛けて、拳を突き出す。そうとも、自分を一人前に育ててくれた男達に必ずいつか追い付いてみせる。それが、自分を守って死んでいった父母への餞でもあるし、師とその弟への恩返しでもあるのだから……。



  大地の鼓動、大地の恵み
 土に根を下ろし、世界の調和を知る

 生命の息吹、 たましいの風
 吹き抜ける風の匂いが美を創り出す

 我は大地の一部
 我は空の一部

 世界は己と共にあり、世界は己の中にある
 我から意志は発ち、意志は我に還る

 天の怒り、天の恵み
 大いなる意志が世界の均衡を保つ

 我は大地の一部
 我は空の一部

 世界は己と共にあり、世界は己の中にある
 我から意志は発ち、意志は我に還る

 ――始まりの唄

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