モンスターハンターの知られざる生活を発見。
額から流れる汗が、頬をなぶり顎から滴り落ちる。
遥か頭上で白く輝く太陽は、生命の存在を許さぬと言わんばかりに熱く苛烈に照りつけ、陽光によって過剰に熱された砂は、烈火の如く俺の身体を苛んでくる。
だが、流れる汗は冷たいものだ。
俺は巨盾をしっかりと構えて、相対する存在を仰ぎ見た。
熱によって歪む視界に聳え立つそれは、白い砂の世界に反逆するかのような漆黒の巨竜。盾を思わせる頭部からそそり立つ、ねじくれた角は神話の類に見られる悪魔を思わせ、眼光からは、この熱砂の地獄を統べる覇者の気迫が感じられる。
砂漠に君臨する飛竜――角竜ディアブロス。それも目の前にいるのは、繁殖期にのみ見られる亜種だ。砂色の通常種とは異なる漆黒の体色に、さらに荒くなった攻撃性と縄張り意識。
彼の存在を死神や王者などと表現するのは生温い、熱砂を支配し、蹂躙する魔王と呼ぶのが相応しかろう。
俺の額から流れ落ちる汗は暑さによるものではなく、魔王の威圧による冷汗。自分より圧倒的に強い生命に対する恐れの表れである。
縄張りを侵した俺に対して、魔王はあからさまな怒りを向けて……その身を躍動させた。
絡みつく熱砂などものともしない巨木のような脚が俺を蹂躙しようと、力強く踏み出される。俺は回避を試みるが、細かい砂に足を取られて上手くいかない。
ならば!!
俺の身体を刺し貫こうとする角、俺を踏み潰そうと猛然と迫り来る巨体を前に、俺は熱砂を強く踏みしめ、巨盾を前面に構えて迎え撃つ。
恐えぇ……。
そう恐い、人間から見れば巨大な盾とはいえど魔王から見れば薄っぺらい金属の板に過ぎない。端から見れば俺の姿は風車に挑む老騎士と同じに見えたであろう。
だが、俺は魔王の蹂躙走行を恐れてはいたが、怖じてはいない。
角が盾に触れた瞬間、身を低くして角を斜めに受け流し、熱砂を打ち鳴らす剛脚の間をすり抜け、最後にブン回される尾を盾で受け止める。この一連の動作が考えるまでもなく身体が勝手に行ってくれた。
無惨に吹き飛んでいく俺を想像していたであろう魔王は、俺の姿を見失って頭を廻らせている。
「づあっ!!」
俺は気合いを炸裂させて、剛脚の間接に向かい愛槍である折れた古代槍――アンドレイヤーを突き込んだ。
満身の力を強固な古代槍に込めた一撃だったが、魔王の脚はビクともしない。それでこそ魔王、それでこそ砂漠の覇者だ。
俺は強大な生命に対する畏敬を感じつつ、身を躍らせた。
足に砂が絡みついてくるが、巨盾の重心を利用したステップには何の支障もない。右へ左へ縦横無尽にステップを踏んで隙あらば痛撃する”夢幻穿槍”と自ら名付けた闘法は、魔王にすら有効であった。
振り回される鎚の如き尾の下を潜り抜け、体重を乗せた体当たりの衝撃を盾で受け流すのは恐いが、怖くはない。恐怖しなければこの稼業を二十年以上続けている身体は、常に最善を選んで動いてくれる。俺ごとき矮小な生命が、魔王を圧倒できるのだ。
しかし、されるがままになる魔王ではない。
俺の攻撃など意に返さないように、角と翼で器用に砂を掻き分けると、あの巨体があっと言う間に熱砂の中に隠れてしまった。
音爆弾を……!
手早くポーチに手を突っ込むが、魔王の動きは俺の最速をあっさりと上回った。
熱砂の大海を泳ぎ存分に勢いを付けた突き上げが、寸分の狂い無く砂の中から襲いかかってきた。
「はっ……!?」
悲鳴を上げる事も出来ない衝撃。吐息が漏れだし、大きく跳ね飛ばされた俺の視界を蒼空と砂が交互に駆け抜け、背中から熱砂に叩きつけられる。
鎧の隙間から熱砂が入り込み肌を灼く。痛みを伴った熱が身体を苛むが構ってはいられない。俺は軋む身体に鞭を打って両足に力を込める。幸いにも立ち上がる事には何の問題もない、俺はよりめきながらも立ち上がり、吐血した。
痛みが銅鑼を鳴らしたように全身に痛みが広がり、再び倒れ込みそうになるのを必死で堪える。
「やるじゃねぇか……」
ああ、もう恐怖とかそんな事どうでもよくなって来た。
俺は俺に敵意を向けてくる魔王へ対し、折れた古代槍の穂先を向ける。
「来いよ魔王、山崩しが遊んでやるぜっ!!」
咆吼……
同時に駆けてくる魔王の巨体。
蒼空の元、たった二人の鬨の声が響き渡った。
◆ ◆ ◆
結局、どう戦ったのか記憶が曖昧だが、気がつくと周囲には闇の帳が落ち、青かった空は満天の星々で埋め尽くされていた。
まだ、魔王との戦いは終わっていない。
俺は魔王に付着したペイントの臭気を追い、周囲を背の高い岩山に囲まれたすり鉢状の地形に辿り着いた。頭上を仰ぎ見ると夜空が丸く切り取られ、カンバスに描かれた美しい絵画のように思えた。
その場所で、魔王は悠然と佇んで俺を待っていた。
月明かりの元に立ちつくす魔王の姿は誇り高く幻想的で、半日以上も戦い続けている事さえ忘れてしまいそうになる。俺は、魔王の威厳の一瞬心奪われていた。
「グオオォ!!」
だが、そんな俺に魔王の一吼えが発破をかける。戦いの場で一瞬心奪われていた俺は、自分の迂闊さに思わず苦笑してしまう。まったく、英雄なんてもてはやされて鈍ってたんじゃ仕方ない。
「悪いな……決着を付けようぜ!!」
俺の言葉に呼応したわけでも無いだろうが、魔王が猛然と突進してくる。既に百を超える斬突を叩き込んでいるというのに、その速度は全くの衰えを見せない。俺はそんな魔王の蹂躙走行に対し、巨盾ではなく槍を構えて、
「うおおおっ!?」
咆吼と共に突進した。
ああ、なんて馬鹿らしい闘法だ。この場合の正解は盾でやり過ごして、後方から攻撃することだろうに……
だが、俺の身体はこれが最善と断じていた。
折れた古代槍が月明かりに濡れて銀色に煌めく、漆黒の剛角が月明かりの元に浮かび上がる。
疾駆する俺の足は悲鳴を上げて、迫る魔王に向かって突撃している現実に、感情が悲鳴を上げる。
恐いと叫ぶが、結局は怖じてはいない。
速度を、体重を、腕力を銀の煌めきに乗せる。これが最善だ、俺の満身の力を最も速度に乗った魔王の頭に叩き込む、これ位しなければ魔王を倒しきる事はできない。
紫電一閃――!
折れた古代槍の穂先は、魔王の剛角とぶつかり合い、俺は吹き飛ばされた。
抗う事も出来ず砂の上を二転三転し、砂塵を巻き上げながらようやく止まる。
……身体は、まだ動く。
だが、最善を尽くした果ての敗北ならば受け入れなければならない。山崩しなどと呼ばれた英雄もここまでか……
「馬鹿言ってるんじゃねぇ……!!」
立ち上がる、俺はこんなところで死ぬわけにはいかない。
英雄なんて呼ばれてるからじゃない、弟子たちが、あの愚かなガキどもが俺の帰りを待っているんだ。奴らを一人前にするって約束を反故にするわけにはいかない。
槍を持つ手はまだ力を込められる。足もまだまだ走る事が出来る。ならば、何度でも最善を繰り返し、勝つ!
見ると、魔王の右の剛角が根本からへし折れていた。先程の一撃が功を奏したのだろう。奴は痛みに悶えるでもなく、此方を悠然と見下ろしている。
「砂漠トカゲ風情が!! もう一本へし折ってやるからかかってきやがれ!!」
大声を張り上げて挑発するが、魔王は動かない。おかしい、ディアブロスは相手が立ち上がるのならば執拗なまでに攻撃を繰り返してくると言うのに……
俺は盾を構えたままゆっくりと魔王に近づき、息を呑んだ。
「もう、死んでる」
魔王は立ったまま絶命していた。
俺は構えを解いて、命をかけて戦った魔王を見上げた。
死して尚膝をつく事もないとは、何という誇り。これが熱砂を統べる魔王の誇りだというのか。
「子供達に見せてやりたかったな……」
この誇り高い大自然の魔王の死に様を、そして彼の存在に打ち勝った俺の姿を見せてやりたい。慢心や傲慢ではなく、俺は思った。
俺は、最早動く事のない魔王に黙祷を捧げると、折れた古代槍を背にかけて腰のナイフを引き抜いた。
剥ぎ取りは略奪ではない。命がけで戦った結果、失われた命を自らの糧にする勝者の特権にして、敗者に対する最大限の礼儀。弱肉強食という名の自然界における絶対の掟だ。剥ぎ取りをせずにこの場を立ち去るなど、命を弄ぶ行為に等しい。
「魔王よ……感謝する」
物言わぬ骸に、そう声をかけて、俺はナイフを甲殻の隙間へと突き込んだ。
命を奪う事に対する罪悪感はもちろん持ち合わせている。だがそれは詮無い事、命を奪う事でしか生命は生きられないのだから、その感情は偽善に過ぎない。
だから、俺達は感謝する。
糧にするために奪った命の恵みに感謝する。
それが、ハンターってもんだ。
◆
◆
◆
山崩しが去った後、岩陰から一頭の幼竜が姿を現した。
角もなく、たどたどしい足取りからは、覇者の風格など微塵も感じられない。この年齢の飛竜種は親竜の庇護がなければ、砂竜どころか、ゲネポスに襲われても命を落とすであろう。
しかし、絶命し無惨にも甲殻を引きはがされた”母”を見上げる幼竜の眼光には恐怖や、不安など微塵も感じられない。
「クォッ! クォッ!!」
幼竜はその小さい躯に見合わぬ力強い咆吼を上げる。
母の最期は、頼りない幼竜を急激に成長させる程の想いを伝えていたのだ。
誇りを……