「あなたの人生に幸いあれ」鵜熊荒地

 山脈の奥、樹海の果て、この世の全てに忘れられた場所に、その塔はひっそりと存在していた。
 この塔を知るのは、もはや古びた太古の書物のみ。
 書を紐解き、塔を思い出した者よ。
 汝は、太陽と月の洗礼を受けるだろう。


「うおらぁぁぁあっ!!!」
 オレは竜もかくやという咆哮と共に、太刀を振り下ろした。
 長年連れ添ってきた相棒・鬼神斬破刀は、獲物の黄金の鱗の隙間、密集した筋肉繊維の束を切り裂き、金火竜・・・・・・リオレイア希少種の尾を根元から切断した。
 苦鳴の雄たけびを上げる金火竜。
 やった、と思った瞬間に、いきなり景色が吹っ飛んだ。
 天と地が逆さになり、地べたと激しくキスをして、口の中がグサグサに破れ、体中から悲鳴があがる。そこまで喰らって、オレはようやく自分が吹き飛ばされたことに気がついた。
 銀火竜、リオレウス希少種の突進だった。銀の奔流と化した奴の全身全霊の体当たりは、ちゃちな人間の身体を再起不能にするのに十分すぎるほどの威力を備えていた。
 痛い。痛い、痛い、痛い。体中、外側も内側もいたい。あんまり痛くて、どこに怪我をしているのかもよくわからない。
このまま寝込んだら、どんなに楽だろう。横になったままならば、たとえ死んだっていいんじゃないか。
「うる・・・・・・さいな、この」
 死神が耳元でささやくのを、小声に出して拒否する。本当は大声で叫びたかったのだが、叫ぼうとした途端に胸がひどく痛んだので、つい小声になってしまった。
 自分でも、馬鹿なことをしていると思う。
 銀火竜と金火竜。一体でも歯が立たない相手に、同時に挑むなんて。
 戦うどころか、立ち向かうだけで足元が震えるぐらいだ。
 なんでこんなことしているんだろう。
 何度も何度も自分に問いかけてきた。
 そのたび、オレの心の中に、一人の女性の姿が浮かんでくる。
 ウェダ。オレが初めて心の底から愛したと胸を張って言える人。
 彼女に初めてあった時の事を、オレは決して忘れたりはしない。それはオレの生涯で、かげがえのない宝物ができた日なのだから。
 その時、オレは誓った。誰にでもない、オレ自身の心、ちっぽけなプライドに、だ。
 彼女が幸せになるためなら、オレはなんだってやると。
 黄金と白銀が、共に吼える。
 その咆哮は天地を揺るがすが、彼女の姿を思い出したオレの心は、もう揺れるはずがなかった。
「まだまだ、これからだ・・・・・・!」
 つぶやくと同時に、オレは駆け出した。



 結婚、というのは、村にとっても重要なイベントである。
 人手不足が解消され、村の未来を明るくし、ついでにいえば閉塞した暮らしに訪れる、ちょっとしたお祭り、という意味でも。
 今年は、ウェダという少女と、クランという若者が祝福を受けることとなっている。
 時は結婚式前夜。
 村では久方ぶりに行われる夫婦ということで、村全体が活気に満ちていた。
 ただ一人、当の花嫁を除いて。

「はぁ・・・・・・」
 ウェダは、ベッドの上で寝転がりながら、大きくため息をついた。
 その手に握られるのは、恋人からの手紙。
 仕事のため、帰ってくるのは結婚式当日になるという事を知らせる便りだった。
 燭台の頼りない明かりの下で、手紙を読み終えたウェダは、ごろりと寝返りをうった。
 クランの事は愛している。それはもう、誰にでも胸を張って言えるほどには、だ。
 だが、その愛はいつまで続くのだろうか。
 ウェダは現実的なものの見方のできる女だったが、それだけに一生涯伴侶を愛し抜けるかといわれると、どうしても自信が無くなってしまうのだった。
 こんなことでいいんだろうか。私が妻となって、あの人は苦しまないんだろうか。
「・・・・・・嫌な女だな、私」
 打算的な自分に、嫌になる。
 眠れない夜は、まだまだ長そうだった。




 右から左へ、残光一閃。
 左から右へ、烈風二斬。
 天から地へ、迅雷三刀!
 最後の一撃が、とどめとなった。
 目の前の巨体から、全身の力が抜けていくのがわかる。
 一声哀しげに鳴くと、銀火竜は地響きを立てて地へ崩れ落ちた。
「あと、一匹・・・・・・!」
 オレは、あえぎながらつぶやいた。
 気刃斬と呼ばれる、太刀使いの奥義を繰り出した直後の疲弊感はすさまじい。
 全身で息をするオレだったが、そのスキを見逃す金火竜ではなかった。
 大きく息を吸い込み、次の瞬間オレをめがけて、巨大な火球が襲い掛かる。それも、一呼吸につき三発も、だ。
 一発目はなんとかそらした。二発目は身を投げ出してかわした。
 三発目は、避けようがなかった。
 轟音と、肉の焼ける苦痛。ぶつり、という感触と共に、耳の奥で鋭い痛みがしたが、それどころではない。炎はオレの肉体を、鎧ごと破壊してなお蝕み、ちりちりとこの身体を蝕んでいる。
 オレはたまらず、悲鳴をあげて地面を転がった。焼け爛れた皮膚と一緒に、これまでオレの身を守ってきてくれたフルフルSシリーズがばらばらになって地面に散らばる。
 もう、後がなかった。鎧が砕けた今、金火竜の突進が掠めただけでオレは力尽きる。根性論の出る幕ではなく、身体中の骨がバラバラになるのは間違いなかった。
 もう、必死という言葉も当てはまらない。一切の苦痛を無視して、オレは半ば義務のように立ち上がった。その途端、塔を流れる突風がオレの身体を揺らす。自分の力だけではふんばりきれず、オレは意数え切れない衝撃に歪みきった太刀を杖にして立ち上がった。
 見れば、金火竜は雄叫びを上げていた。さっきの一撃で鼓膜が破イカレたのか、全く聞こえないのだが。
 ひょっとすると、あの金火竜は泣いていたのかもしれない。己が長く付き添ってきた伴侶の理不尽な死に、見えない涙を流していたのかもしれない。
 突如襲ってきた罪悪感がオレの胸を締め付ける。だが、ここで終わるわけにはいかなかった。
 所詮は、わがままな独りよがりでしかないことはわかっている。こんなことをしても、意味なんてないかもしれないことは重々承知の上だ。
 だが、ここで終わってしまっては、それこそオレの人生を真っ向から否定しなければいけなくなる。これまでの人生でなにかにつけ後悔してばかりだったオレだが、これだけは半端にすませる訳にはいかなかった。

 白銀の太陽は地に墜ち、黄金の月は虚空を灼く。
 伴侶を葬った、忌むべき人間を誅するために。




 夜が明けた。
 婚礼の時間には間に合うというクランの便りを受けて、花婿がいないまま、結婚式の準備は着々と進められた。
 婚礼の準備といっても、さして手間のかかるものではない。儀式自体は単純で、花婿と花嫁が互いに守り神役を務める者の前で愛を誓い合うだけだ。準備はむしろ、その後の村を総出で祝う、宴の方に重きが置かれていた。
「大丈夫、アナタの花婿は必ず帰ってくるわ。心配することはないのよ」
 付き添い役の中年女性が、優しく声をかける。
 しかし、ヴェダは不安げな表情のままだ。
 服は晴れやかな結婚の衣装に変わってはいるものの、ヴェダの心は昨夜から全く整理のつかない状態のままだった。
 付き添い役は、フフ、と笑うと、「そんなに、結婚が怖い?」と言った。
「・・・・・・」
「ああ、やっぱり図星か。あたしもね、今の旦那と結婚する前はそう思ったもんだよ」
 付き添い役は、微笑んだままだ。
 ヴェダはしばらく迷っていたが、やがてこくりとうなずいた。
「不安になるんです。ホントにアタシでよかったのかな?って」
「自信を持ちなさいな。あなたは彼に愛されてる。それは、わかっているんでしょ?」
「・・・・・・私、彼に愛される資格なんてないかもしれない」
 一度口に出すと、もうとまらなかった。
 これ以上言ってはいけない。そう思いながら、ヴェダはその事を口にした。
「私、彼を裏切ったんです。・・・・・・ううん、今も、裏切り続けているのかもしれません」
 一瞬、小屋の中が静まり返る。
 その時、遠くから花婿の到着を告げる呼び声がした。



 金火竜の尾と、電光の煌きが交差する。
 一瞬の静寂の後、地を這ったのは黄金の太陽だった。
 だが、勝利に浸る余裕など、まるでない。仕留めた、と思った瞬間、全身の力が抜けるのがわかった。
「へ、へへ・・・・・・」
 疲労のあまり、オレの口から意味のない笑いが漏れる。
 とにかく、戦いは終わったのだ。実際、わざわざ古塔くんだりまできた目的の半分以上は達成している。
 立つ力も残ってないオレは、地面をはいずりながらも仕留めた金火竜に近づいた。
 さあ、あとひと踏ん張り。火竜の素材を剥ぎ取れば、クエスト終了だ。
 ・・・・・・そう思ったのが、不味かった。
 剥ぎ取りに夢中になっていたオレが、奴らの接近に気付いたのは、迂闊にもその毒液の一撃を受けてからのことだった。
 鼓膜がいかれていたのが、致命的な隙となっていた。耳さえ聞こえていれば、奴らの襲撃にも気がついていただろうに。
「・・・・・・ガブラスか!」
 塔の主たちが墜ちたことに気がついたのだろう。黒い頭をもつ、空飛ぶ蛇どもは、今にも倒れそうな人間を次の標的と定めたのだろう。おれは毒に震える手をアイテムポーチに突っ込むと、中から閃光玉を取り出し、夢中で放り投げた。
 閃光と共に、ガブラスが地に落ちる。それにとどめを指す間もなく、オレはよたよたとその場を逃げ出した。
 結婚式まで、もう時間がない。毒で、もうろうとする頭をかかえながら、オレは生まれて初めて神様に祈った。
 神様。どうかオレに、彼らを祝福させてください。



 クランが小屋の中に入ってきた時の表情を見て、ヴェダは絶望感じるよりもむしろ、自身が救われたような気がしていた。
「彼のことで、話がある」
 クランの顔は、悲しみに沈みきっていた。
「ガザ・・・・・・君の元・恋人の、ハンターのことだ」
「・・・・・・ばれちゃった、か」
 クランの表情とは正反対に、ヴェダはさっぱりとした顔をしていた。
「もうちょっと隠せると思ってたんだけどな。・・・・・・誰から聞いたの?アイツのこと」
「彼自身から、打ち明けられたよ」
「・・・・・・ハハ、やっぱりあたし、恨まれてたのかな。まあ、しょうがないかもしれないけどさ。ひどい別れ方だったし」
「すまない、って」
「・・・・・・え?」
「狩りにばかりかまけていてすまない、君の不安に気がついてやれなくてすまない、自分勝手ですまない・・・・・・」
 クランは、大きくため息をついた。
「君に愛情を信じられなくしてしまって、すまないって。泣きながら、言っていたよ」
「嘘・・・・・・」
「本当は、口止めされていたんだけどね。君が自分から言い出す勇気を持つまで、見守ってやってくれ。それでも、君の愛情を疑わないでやってくれ・・・・・・って」
「そんなわけ、ないよ。だってアタシ、別れた時にひどい事いっぱい言った。薄情者、仕事中毒、すこしはあたしのことが考えられないのかって。そんなひどい事言われて、なんでそんな事言えるのさ。なんでそんな事できるのさ」
「愛されてたんだろうね。僕は朴念仁かもしれないけれど、それぐらいはわかるよ。なんていったって、同じ女性を愛したんだから」
 涙が、止め処もなくあふれてくる。子供のようになきじゃくりながら、ヴェダは心のしこりが涙と一緒に解けていくのが感じられた。



 どこをどうやって歩いてきたのか、ほとんど記憶にない。
 途中で何かを切り落としたような気がするが、それがガブラスなのかランボスなのかも見当がつかない。
 ともかく、村についたときはすでに婚礼は始まっていて、ヴェダとクランは今まさに誓いのキスをしたところだった。
 正直、胸が張り裂けそうだった。
 ヴェダと一緒に暮らした月日が、一瞬でよみがえる。オレがハンターを志したのも、元はといえばヴェダに見合う男となりたかったからだった。寝る間も惜しんで狩猟に出かけ、危険を恐れずモンスターと戦った。村はそれだけ裕福になって。そして、ヴェダはどんどんやせていった。
 当たり前だ。自分の大切な人が命の危険をかけていて、どうして自分だけ心安らかに暮らすことができるだろうか。ヴェダと暮らした最後の晩、彼女になじられてオレは初めてその事に気付き、そしてそれが取り返しのつかないことであることを知った。
 村人達のざわめきに、花嫁と花婿がようやくこちらに気がついた。
 二人とも顔をこわばらせているのがわかって、俺は苦笑した。
「悪ぃな。いいところ、邪魔しちゃって」
「ガザさん・・・・・・」
「クランさんよ、そんな顔するな。目出度い式の最中じゃないか」
 ああ、クソッタレ。オレは嫌になるほど成長していない。二人に哀しそうな顔をさせているのは、オレ自身じゃないか。もし本当に二人の事を祝福するべきなら、今すぐこの場を立ち去るべきだったのに。わかってはいたのだが、自分勝手なオレはここまできてしまった。しかたがない、せめて俺なりに事態を収拾つけておかなければ。
 オレは、懐から二つの宝玉を取り出すと、そっと二人の手に握らせた。
 クランには銀色の透かしが入った赤い宝玉、ヴェダには金色の透かしが入った赤い宝玉。
 古文書にある、銀火竜の紅玉と金火竜の紅玉。
 古の塔に住まう白銀の太陽と黄金の月。長らく昼夜を共にしてきた番にのみ生まれる、奇跡の逸品。
 これ以上結婚式にふさわしい贈り物を、オレは思いつかなかった。
 正直、もうこの場で立っているのもしんどい。二人が余計なことを言う前に、オレはその場で二人の首に抱きついた。
 意識が飛びそうなのをごまかすため、オレは無駄に大声で叫んだ。
「Happy Happy Wedding!お二人さん、おめでとう!今夜は祝い潰してやるから覚悟してろよチキショーめ!」
 周りで様子を伺っていた村人達が、どっと祝福の言葉を二人に送る。
「ガザ・・・・・・」
 ヴェダの震える声。彼女の目は涙ぐんでいて、オレもつられて泣きそうだった。
 言いたいことは山ほどあった。
 愛しています。今はもう、あなたの心は離れてしまったけれども、オレはいつまでもアナタを愛しています。人生で初めて、心底愛したあなたのことを、オレは生涯忘れません。あなたの選んだ伴侶は、ひ弱で朴念仁だけれども、オレとは違って本当にあなたの心を思いかばってくれる人です。どうか幸せになってください。あなた方の幸せを阻む者があれば、オレは必ずそれを打ち砕いてみせます。アナタを愛せて、オレは幸せでした。
 山ほどある言いたいことの、ほとんどが口に出してはいけないことの気がした。
 だから、オレが彼女につぶやいたのは、たったの一言だけ。

「あなたの人生に、幸いあれ」

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