モンスターハンターの知られざる生活を発見。
始まりは一枚の張り紙だった。
『鍋祭り開催!! 寒い季節になりました。こんなときには温かい鍋を食べるといいニャ。ギルド御用達のボク達が特別に腕を振るってあげるニョで皆広場に大集合ニャ』
お世辞にも綺麗とはいえない字で書かれたその紙は依頼書の上から一番目立つ場所に貼り付けられていた。
「何これ?」
数十秒張り紙をまじまじと読み直し、エリシャは思わず、といった様子で呟いた。その声には呆れと困惑が混じっている。
「あぁ、それ? うちのアイルー……厨房長なんだけど、何か突然思いついたらしくてね。広場でやってるみたいよ。」
受付嬢のリリーが苦笑交じりに答えてくれた。独り言のつもりだったのだが、しっかり聞こえていたらしい。
言われて、酒場を見回すといつもなら喧騒に包まれているはずの酒場が、異様なほどに静かなことにようやく気がついた。
居るのは昼間から飲んだくれてテーブルに突っ伏している者ばかりで次の狩りまでの鋭気を養うために、という様子ではない。
「へぇ……」
道理で字が汚いはずだ。アイルーはよくそんな手で…と感心してしまう程、道具を巧みに使う種族ではあるが、人間種族のような器用な指先を持つわけではないため、どうしても殴り書きのようになってしまう。
まぁ、それはともかく。
酒場の厨房を任されているアイルー達が料理を作る、と言うのは魅力的な話だった。
同じアイルーであっても、料理を始め、掃除や洗濯といった家事全般をこなす訓練を積んだ給仕ネコと違い酒場にいるのはキッチンアイルーという、料理の腕のみを追求した料理のためのアイルーたちだ。
その差はロイヤルカブトとにが虫くらいに違う。
自宅に給仕ネコが支給されるようになってもう十数年経つが、それでも、うまい料理を食べるのなら酒場で、と言うハンターは今でも少なくない。
当然のように高額なので、エリシャ自身は酒場で食事をしたのは数えるくらいしかなかったがその味はまだしばらくは忘れそうになかった。
どうしようかと暫し悩む。が、すぐに悩むまでも無い事に気がついた。
バァン!! と派手な音を立てて、酒場の扉が開け放たれる。
「あぁ、やっぱりここだった。ノクちゃん、大事件だよ!!」
外の光が差し込み、思わず目を細めた。
逆光のせいで顔は判別出来なかったが、軽快な声は若い男性のもの、影を見る限りでは、この街の大半のハンターがそうであるように街中であろうと全身を武装している。但し、礼を欠いていると言って、ヘルムは被っておらず、頭の上に大木が生えたような奇抜な髪型をしていた。
その声には聞き馴染みがあり、何よりも、エリシャの狩名である【夜想曲“ノクターン”】をそんな呼び方をする人物は一人しか思い浮かばない。
エリシャの師匠であり、同時に狩場では最も信頼出来る存在。
デコルド・ヴェリンジャー、それが彼の名前だ。
「今、広場で何か面白い事やってるみたいでね。」
今年で二十三になったと言っていた筈だが、その顔には照りつける太陽のような、子供じみた笑みが浮かんでいた。
これが悩むまでも無い理由。
あまり喧騒を好まないエリシャと相反するように、デコルドはこういった催しが好物だった。
「まぁ、言葉で伝えるより見たほうが早いね」
言うが早いかデコルドはエリシャの手を掴み、来た時と同様派手な音を立てて酒場を飛び出した。
こうして言葉を発するより早く、いつだって否応無しに参加が決定する。
-◇◆◇-
入門区の門をくぐって、ドンドルマの街の中心に位置するメゼポルタ広場に足を踏み入れると、既に中心付近には多くの人でごった返しているのが見えた。
「うわぁ・・・・・・」
どこにこれだけの人がいたのかと思うほど、広場はハンターで埋め尽くされ、改めてドンドルマはハンターの街なのだと実感させられた。
「よぅ、お前もデコの奴に引っ張られてきたのか? 災難だったな。」
人集りから少し離れた、木の柵に寄り掛かるようにして立っていたバサルヘルムを被ったハンターがこちらの姿を見つけ軽く手を振る。
「ギン、まるで攫って来たような言い方するのはやめろよな。」
デコルドが心外だとばかりに眉間に皺を寄せて抗議の声を上げる。
「自覚無しかよ。お前が人の言い分聞いてるところ見たことねぇぞ。」
なぁ? と横にいた女性ハンターに同意を求めたが、彼女――ハミルは困ったような笑みを浮かべるだけで留まる。
「私はお世話になっている身ですし・・・。」
そう言って小さく笑って首を振った。
ハミルも同じくデコルドに師事していて、立場から言えば姉弟子に当たる。正確にはデコルドだけではなく、常に同じパーティを組んでいるためギンの弟子でもある。
「ま、まぁ、たまにはいいだろ? こういうのも」
本人にも少し、自覚があったのか、デコルドが慌てたように、大仰な身振りで言い訳しだした。
「・・・・・・たまには、か。」
ギンがそう言って腕を組み、口元を吊り上げる。バサルヘルムに覆われた顔の上半分がどうなっているのか想像に難くなかった。
その様子に流石にばつが悪そうに悪かった、と言って頭を掻くデコルド。
「そう思ったら少しは自重ってもんを覚えることだな。で?」
ギンは鼻息を一つ鳴らしてため息をつくと、柵から身を起こした。重量のある鎧を着込んだハンターが寄り掛かっていたせいで柵が軋みをあげる。
「ただ、お祭り騒ぎがしたくて連れて来た訳じゃないんだろ?」
言われて先ほど掻き毟ったせいで少し解れてしまったポルタウッズをいじっていたデコルドが、姿勢を正してわざとらしく咳払いをした。
「もちろん。皆あれが見えるかい?」
そう言って親指を後方へ、あの人集りの中心、デコルドの言葉を借りるなら『何か面白い事やってる』であろう場所へと向けた。
特に変わった場所は見受けられない。
「・・・・・・?」
否、人で溢れかえった広場に見慣れないものが鎮座していた。
「鍋・・・・・・ですか?」
半円状の陶器で出来た巨大な鍋が鎮座している。張り紙で見た通りなら『鍋』祭りである以上、当然と言えば当然だったが、その大きさが尋常ではない。
その様子に、デコルドは嬉しそうに頷いた。
「そ、鍋なんだけどね。あの大きさだろ? アイルー達が食材が足りないって言い出したらしくて。」
「取って来いって訳ですか」
そういう事、と再度頷く。
エリシャは呆れたように小さく息をついた。
アイルーが行き当たりばったりで行動するのは良く聞かれるが、これはその典型だと心中で呻いた。
まぁ、何事も無く美味しい料理に巡り合う事など自分の人生の中では滅多に無いのだろう。
-◇◆◇-
小高い丘に設営されたベースキャンプから見下ろした、その光景はまさに『樹』の海だった。
樹海、とハンター達の間では呼ばれている。正式には、バテュバテム樹海というらしいのだが、そんな小難しい名称で呼ぶハンターは皆無だった。
どこまでも一面の緑が広がり果てが見えない。その中から唯一、どれだけの時を生きてきたのか分からないほどの大樹が天に向かって伸びている。
その根元に空いた洞にエリシャとデコルドは居た。
長い年月を経て古くなった年輪が枯れて出来たものだが、その大きさは沼地や密林の洞穴と比べても遜色無いほど広い。
あたり一面に見たことも無い綿毛状の菌糸類が繁殖しているが、空気は淀んでいなかった。
デコルドは食材集めのターゲットをここに絞った。まだギルドでも数年前にようやく狩場として認定された場所であり、未知な部分が多いと言われている。故に、殆ど人が踏み入ったことが無く多様な生物と豊富な資源が眠っている場所だった。
「んー・・・なかなか見つからないもんだなぁ。」
隅に生えたキノコを漁りながらデコルドがぼやいているのが聞こえた。
街とは違い、その頭は堅牢なバサルキャップで覆われていて、首から下は胴鎧と腰当がギザミシリーズ、腕と脚はハイメタシリーズという、一見するとちぐはぐな装備を身につけていた。
勿論、奇抜なだけの組み合わせと言うわけではない。
その証拠に、背中に背負っている太刀は『龍刀【焔】』であり、彼が古龍と対峙したことのある強者だと語っていた。
エリシャ達が狙っている食材はここでしか取れない稀少食材オニマツタケだった。
美味で香りも良く、高額で取引される食材であるため普段であれば売ってしまうのだが、デコルト曰く。
「どうせ自分で集めるなら高級食材だ!!」
と言い出したため、季節外れのキノコ狩りをすることになったのだった。
「・・・・・・そうですねぇ」
エリシャも腐葉土を掻き分けながらどうでも良さそうに返事を返した。
実際、どうでも良いと心の中で思っていた。
因みにエミルとギンは別行動を取っている。今頃、樹海の一番北に位置する湖で古代魚を釣り上げる手筈となっていた。
「あーもう!! ここにも無いのかよ!!」
とうとう探す場所がなくなったのか、デコルドが腐葉土の上に身を投げ出し、仰向け寝転がった。
「この季節は採れないんじゃないんですか?」
流石にデコルドの様に寝転がる気にはならなかったが、エリシャも腐葉土を漁る手を止めて、その場に座り込んだ。
狩場における技術、知識は相当なものだとエリシャも知っていて師として仰いでいる人物ではあるのだが、こういう行動をとる彼を見ていると時折、どちらが年上なのか分からなくなってくる時がある。
無論、大型モンスターと戦っているわけではなく、襲い掛かってくるモンスターと言ってもせいぜいランポス程度であるため、疲労はそれほどたいしたものではなかったが、こういう地道な作業は気力が持たない。
採れるかどうかも分からないのではなおさらである。
「そんなはずは無いけどなぁ? 前に来たときには確かに生えてるのを見たんだよ」
「でも、さっきから特産キノコと厳選キノコしか取れてないじゃないですか・・・・・・」
自分の記憶に間違いは無いとばかりに断言するデコルドに反論しかかった時だった。
勢い良くデコルドが飛び起きる。
「・・・・・・今なんて?」
その表情は信じられないものを見たかのように大きく目を見開いていた。
「え、えっ?特産キノコと厳選キノコしか取れてないって・・・・・・」
「それだっ!!」
突然、肩をつかまれガクガクと揺さぶられる。
「あ~・・・・・・俺としたことが、何で気づかなかったんだろ?」
状況を把握できていないエリシャを他所にデコルドは一人でしゃべり、荷物を漁り始める。
「あの、どういうことですか?」
その急変振りに付いていけず、おそるおそる訊ねると、荷物の中から古びた壷のようなものを取り出した。
「これだよ。マカ漬けの壷って言うんだけど、こいつには不思議な効果があってね。」
そう言って、壷の中に厳選キノコを中に放り込んで蓋を閉め、腐葉土を手で掘って埋めていく。
「殆ど原理は分かってないんだけど、キノコを入れて埋めとくと、急激に成長することが分かってるんだ。元々厳選キノコはオニマツタケの未成熟のもののことだから、こうして手を加えて成長させてやれば、あら不思議、オニマツタケが手に入るって訳だ。」
先ほどとは打って変わって、アイテムを説明しだすその様は紛れも無く、師匠然として見えた。
時折見せる、この姿があるからこのパーティ、この青年に付いていくのが、やめられないのだ。
「まぁ、すぐに出来る訳じゃないからね。もう少し休憩しておこうか。」
そういって笑い、再び地面に腰を降ろそうとして、不意にデコルドが動きを止めた。
オオォォォォォォォォ!!!
大きな翼膜が風を切る音と共に、地響きにも似た唸り声が洞の中に木霊する。羽ばたきで風を生み出しながら徐々にその巨体が地上に降りてきていた。
「嘘だろ・・・・・・」
デコルドが思わずと言った様子で呻く。
新緑の鱗と甲殻に覆われた躯。
この世界に数多く生息する飛竜種の中でも、純粋な飛竜と呼ばれる所以たる大きな翼。巨木の幹にも匹敵する太く強靭な脚。
そして・・・・・・
『陸戦女王』の異名に相応しい威厳を放ちながらリオレイアが大地に降り立った。
エリシャは反射的に腰に納められた己の得物、『インジェクションガン』に手を伸ばしたが、同時に目の前に立ちはだかるリオレイアが大きく胸を反らしたのを見て、その考えを放棄した。
グォオオオオオオオオオッ・・・・・・!!
両手で耳を必死で塞ぎながらも、決して減ぜられることの無い咆哮が威圧力という形でエリシャの全身を殴打した。意志とは関係なく体が強張っていく。
早く動かなければと必死に念ずるその前でリオレイアは、身体を低く屈めて走り出す体勢を整えていた。
「くっ・・・・・・!!・・・・・・?!」
身体の硬直が解けた瞬間、デコルドが素早く横に転がってリオレイアの視線から逃れるように走り出す。
エリシャも続いて、走り出そうとしたが、慌てていたせいか足がもつれその場に頭から倒れこんだ。
「ノクちゃん?!」
デコルドの狼狽した声が聞こえた。
地面を伝わって振動が近づいてくる。リオレイアが突進を開始したのだ。
死の足音を背中に感じながら、心の中は驚くほど冷静にまわりを分析していた。
直後、頭上で強烈な光が炸裂した。
続いてリオレイアが悲鳴が聞こえ、地面を擦る音と共に地響きがやんだ。
「え・・・・・・?」
生きているこの身が信じられず、間抜けた声を上げる。
「立てる?」
気がつけば、デコルドが横に立って、手を差し伸べていた。
キャップに隠れて顔は見えなかったが、その隙間から覗く目には安堵の色が見て取れる。
「は、はい、大丈夫です。」
その手にしがみ付く様にして立ち上がり、振り返るとしきりに頭を振るい、地面を掻くリオレイアの姿があった。
あの瞬間、デコルドが閃光玉をリオレイアの進路上に投げつけ、視力を奪ったのだ。
「さて、正気を取り戻す前にさっさと逃げるとしようか」
声だけ聞けばいつもの軽快な調子だったが、目は笑っていない。
未だに視力を取り戻せていない、リオレイアに近づくとペイントボールを投げつけた。
それは、モンスターの位置を正確に把握するためのものだったが、それは逃亡のためのものでは無く、何故か宣戦布告の合図のようにも思えた。
大樹の中から抜け出し、木々の生い茂る森の中にエリシャとデコルドは逃げ込んだ。
幹の大きさから見て、数百年は立っているであろう木々が乱立して視界を遮っていた。
ベースキャンプに戻るのなら、大樹から南に進んだほうが遥かに早い。にも拘らず、東に進み迂回する経路を取ったのには理由があった。
向こうから、ギンとエミルが走ってくる。おそらく、ペイントボールによるマーキングの臭いを察知したのだろう。
ここは北の湖にと繋がっていて、デコルドは二人と合流するためにこの区域に踏み込んだのだった。
「リオレイアだ。どうも、大樹の空洞を巣穴にしていたらしい」
走ってきたギンに軽く手を上げて短く答えた。
「リオレイア?依頼書には何も書いてなかったぞ?」
ギンが怪訝そうに首を傾げる。
「多分、観測所が見落としたんだろうね、残念ながら事実だ。おまけに危うくノクちゃんが死ぬとこだったよ。」
デコルドにしては珍しく苛立たしげに目を顰めている様子に、ギンは少し驚いたように、ほぅ、と息を漏らした。
「大丈夫だった?」
それまでギンの後ろに控えるように立っていた、ハミルが心配そうにエリシャの顔を覗き込む。
「すいません、ヘマやっちゃって。デコさんが閃光玉を投げてくれなかったらどうなってたか分かりませんが、一応無事です」
そう言って苦笑いを浮かべると、ハミルも安堵したように表情を緩ませた。
「で? どうするんだ?」
唐突にギンがデコルドの問いかける。無論、リオレイアをどうするか、と言う意味だろう。
狩るのか、逃げるのか。
「いつもなら、迷わず逃げるところなんだけどね・・・・・・、ちょっと俺も収まりつかないし、八つ当たりみたいで悪いけど。」
そう言って一度言葉を切って、身体ごとこちらに向き直る。
「狩ろう」
デコルドは静かに、しかしながら強い意志宿して言葉を吐き出した。
マーキングの臭いを辿ると、そこは先程までギンとハミルが居た樹海の北の端、湖の畔だった。
リオレイアが湖に頭を突っ込んで水を口に流し込んでいる姿が見える。どうやらここは休息所のようだ。
もし、リオレイアが巣穴に戻らなかったら先に襲われいていたのはギン達だったのかもしれない。
そう考えると空恐ろしい話だった、と茂みに身を潜めながらエリシャは背筋を震わせた。
「俺とギンが先に仕掛ける。ハルちゃんとノクちゃんは援護してくれ。オッケー?」
デコルドが小声で囁く。無言で頷き返すとデコルドとギンは素早く茂みから飛び出していった。
太刀を抜き放ち、左右から弧を描くようにリオレイアとの距離を詰める。
その瞬間、リオレイア素早く振り返った。そして彼らの姿を捉え、高々と咆哮をあげる。
しかし、咆哮の瞬間デコルドたちは急に進路を変えて、リオレイアから距離を取った。
どれだけ凄まじい轟音であっても、離れれば離れるほど小さくなってしまう。距離を取ってしまえば、飛竜の咆哮も恐れるに足らない。
現に十分すぎるほどに距離が離れているエリシャ達は、耳こそ塞いだものの身体の動きを奪われることは無かった。
しかし、デコルド達はその境界をギリギリで見極めて凌いでいた。
十分に経験を積んだハンターだからこそ出来る技術だ。
リオレイアは咆哮の効果を殺がれたことを悟り、悔しげに低く唸り声を上げた。
しかし、左右両方から接近してくる相手にどちらを狙うべきか迷ったのか、一瞬、動きを完全止めた。
その隙を好機と捉え、エリシャとハミルも茂みを飛び出し、リオレイアの側面に回り込むように走る。
同時にリオレイアがデコルドを標的と捉え、砂煙を巻き上げながら突進を開始した。
デコルドはそれに対し、眼前を横切るように移動して難なく突進をかわしてみせる。
自分で止まる事が出来ない飛竜は自分で倒れこむことでしか止まる事が出来ず、腹を地面に押し付けるようにして突進の威力を殺す。
直後、後ろを追走してきていたギンの太刀、『天下無双刀』が長い尾に振り下ろされた。
上段から踏み込んだ勢いを乗せて斬り込み、引いた刃を上体のばねで水平に突き出し、返して切り上げる。
流れるような三連撃を加え、薙ぐように振るいながら後ろに下がった。
リオレイアの鱗に無数の裂傷が走る。
その痛みを感じる間も無く、今度は突進を避けて側面に陣取っていたデコルドの太刀が閃いた。
中空に弧を描くように振るった太刀を袈裟懸けに斬り込み、突き、切り上げて切り下がる。切り込むたびに刀身から黒い火花が飛び散り、強固であるはずのリオレイアの鱗を砕いてゆく。
立ち上がるまでの間に七太刀もの攻撃を加えられ、堪らずリオレアは悲鳴を上げる。
再び、向き直る頃には既に遠く、二人は縦横無尽に狩場の中を走り回る。
この区域は他の場所に比べて、木が少なく下映えしか生えていない。武器を構えたまま動き回れる太刀には非常に有利な地形と言えた。
普段、軽快でお調子者の印象を受けるため、つい忘れてしまいそうになるが、デコルドとギン、一部では【“小鬼”ゴブリン】と呼ばれる二人組のハンターとして名を馳せている本物の強者だ。
その太刀筋は思わず見とれてしまうほど流麗だった。
しかし、いつまでも見とれているわけには行かない。既にハミルは自分の得物である『デッドリィポイズン』を抜き放ち、リオレイアの足元に斬り込んで行っていた。
『インジェクションガン』を留め金から外し、展開する。
へビィボウガンの中では最弱の威力と言われるボウガンだが、これがエリシャの最も愛用する武器だった。
ポーチから弾を三発取り出し、装填する。スコープを覗き込み、太刀によって切り開かれたリオレイアの躯に走る傷口に狙いを合わせ、引き金を引いた。
一発、二発、三発。
再装填して、更に三発。
八発目を打ち込むとリオレイアの様子が急変した。
不自然な格好で躯を硬直させ、呻いていた。
マヒダケの胞子を弾に仕込んだ麻痺弾である。状態異常による後方支援、それが、エリシャの最も得意とする戦い方だった。
そして、『インジェクションガン』は氷結晶を仕込んだ氷結弾を除いた全ての弾に対応している。
「グッジョブ!! ノクちゃん!!」
デコルドが賛辞の言葉を送り、リオレイアに駆け寄る。
「はぁ!!」
「うらぁ!!」
デコルドとギン、二人が裂帛の気合と共にリオレイアの尾めがけて太刀を振り回した。
気刃斬りと名づけられた太刀最大の攻撃がリオレイアに襲い掛かる。
凄まじい猛攻の前にぶつりと音を立ててリオレイアの尾が宙を舞った。
一際、大きな悲鳴があがる。
地面を這うようにして立ち上がり、再びエリシャ達と対峙したが、既にその余力は尽きかけていたようだ。
足をひきずりながら、空中に飛び上がるとやがて見えなくなった。
おそらくは、ねぐらで身体を休めるつもりなのだろう。
「追うぞ」
武器を納め、ギンが先頭に立って走り出す。
「ちょっと待った」
それをデコルドが制した。
何なんだと言わんばかりのギンにキャップを脱いで軽く息をつく。
「命までは奪わなくていいんじゃない?」
そう言って、苦笑いを浮かべるデコルドはいつも街中で見かける時と同じ表情をみせていた。
「何言ってるのか分かってるのか? 狩ると言い出したのはお前だろう?」
「それなんだけどさ、冷静に立ち返ってみたら俺達、食材集めに訳でリオレイアを狩りに来たわけじゃないんだよな。そう考えると何かトドメ刺すのに体力使うの無駄かなと思ってさ。」
開いた口が塞がらないとはこういう事をいうのだろう。ハンターとは思えないほど軟弱な物言いに全身から力が抜ける。
先程まで鮮やかな剣技を見せていた人物と同一とは思えなかった。
「思わぬ収穫もあったし、ここまでにしよう?な?」
そう言って、指を刺す先には切り落とされたばかりのリオレイアの尻尾が転がっていた。
飛竜種の尻尾も実は中の肉はリュウノテールと呼ばれ、非常に美味で高級食材である。
これが手に入ったからもう満足、そういう事らしかった。
ギシリと軋む音が聞こえ、視線を向けるとギンが噛み砕かんばかりに奥歯をかみ締め震えていた。
「勝手にしろ!!!」
渾身の力を込めてデコルドを蹴飛ばし、踵を返す。
デコルドがふぎゃあ!!と情けない悲鳴を上げるが構わず、大股で歩いていってしまった。
リオレイアが休んでいるであろう大樹の方角ではなく、西南、川に沿ってベースキャンプへ戻る道の方へだ。
「痛ててて・・・・・・」
派手に蹴転がされ、土と草まみれになったデコルドは鎧の汚れを落として、腰から剥ぎ取りナイフを引き抜いて、リオレイアの尻尾からリュウノテールを剥ぎ取る。
紙に包んで腰袋にいれて振り返り、いたずらをした後のような晴れやかな表情で振り返った。
「帰ろうか」
-◇◆◇-
デコルドがマカ漬けの壷を埋めたまま忘れてきたことに気がついたのは、町に戻ってきてからだった。
埋めた場所である大樹の中にはリオレイアガいると言う頭があったため、取りに行くという発想自体思いつかなかったらしい。
当初の目的である食材集めは古代魚とリュウノテールの二つでクリアされていたため、問題なく鍋を味わえることになったのだが、自分の失態に気づいてからのデコルドの落ち込み方はすごかった。
それに加えて、お前は結局何しに樹海に行ったんだ?などと、止めを刺してしまったため、現在もテーブルに突っ伏したまま微動だにしなくなってしまっていた。
「いい加減にしろ。仮にも弟子たちの前なんだぜ?」
疲れたようなギンの何度目かの説得が行われていたが、未だ復活の兆しは見られない。
「お待たせしましたニャ。シェフ特製『スペシャルホクホク鍋』ですニャ。熱いうちに召し上がれニャ。」
テーブルの前までやってきたキッチンアイルーが鍋ののったお盆をテーブルに置き、忙しそうに大鍋の前にまた走っていった。
小さな鍋の中には色々な食材が詰め込まれ、食欲をそそる芳醇な香りが漂ってくる。
「んぁ・・・・・・」
デコルドがピクリと身体を震わせ、次の瞬間、跳ね橋のように飛び起きた。
「うわっ・・・・・・うまそ。ん? どしたの? 皆、早く食べないと冷めちゃうよ?」
不思議そうにエリシャ達を見回し、首を傾げて見せた。
「オーケー……、よーく分かった。とりあえずお前とは一度白黒つけておく必要が・・・・・・」
「お祭りっ!!お祭りですからっ!!」
ゆらり、と椅子から立ち上がり、背中の太刀に手を伸ばしかけたギンをハミルと二人がかりで押し留める。
そんな三人を他所にデコルドは既に鍋に手をつけ始めていた。
「離せ!! こいつに一度世の中の道理ってものを・・・・・・!!」
暴れるギンの左腕を押さえつけながら、ふとデコルドと目が合う。
彼は二コリと笑みを浮かべると片目を閉じて見せた。